鞍手ゆたか福祉会の知的障害者福祉施設運営の基本的考え方
~行動障害をなくす取り組みは、すべての利用者にストレスのない快適な環境を提供する~

(2004年1月執筆)

一般に、日本では、行動障害やパニック行動を「不適応行動」とか「問題行動」と悪いことと捉えて、制止しがちです。しかし、「行動障害」という言葉、すなわち「行動に障害がある」という言葉は、援助者側からの一方的な捉え方です。当事者の側から見たら、その行動は、実は、その人の不満や欲求などの気持ちを伝える手段であったり、あるいは、意思の伝達がうまくできないことに対するもどかしさの表現だと言えます。だから、その行動自体に目を向けてそれを制止したり、改善させようとしても無駄であるし、逆効果です。大切なことは、行動障害を起こすその人の気持ちをしっかりとつかみ取って、その人の不満の解消や欲求の実現を援助することです。私たちゆたかの里のスタッフは、10年以上の経験を通じて、どのような行動障害も軽減・消滅させることが可能であると確信を持っています。行動障害の軽減・消滅のためには、まず、①援助者が、障害者の人権尊重の理念を基本としたサービスの提供に徹すること、そして、②その理念に基づき、援助者が、障害者との関わりのあらゆる場面で、その人の自己選択・自己決定を尊重すること、さらに③言葉を持たない人や障害の重い人たちの気持ちや要望などを引き出すために、「絵カード」や「ピクチャーブック」など様々なアイデアを工夫し取り入れること、だと考えています。
スタッフの間で「行動障害」とは何かをきちんと理解して、スタッフと利用者の人たちとのかかわり方を変えていけば、どんどんパニックや行動障害は減っていき、ほとんどみられなくなります。かつてがウソのようにみんなとても落ち着いてきます。行動障害というものは、決して「直らない」、「なくならない」ものではありません。行動障害の原因は本人の側にあるのではなく、その人達を取り巻く私たち支援者とか周りの人たちの側のかかわり方にこそ原因があるのです。
さて、行動障害を減らすにはいろいろな方法が考えられます。私たちが考えなくてはならないことは、ただ単に行動障害がなくなればいいということではないということです。以下の二つの対処方法は私たちが陥りやすいけれども、絶対にとってはならない方法です。
例えば、施設の中で、パニックが起こったら、身体の大きいスタッフが3人がかりで押さえつけ、暴力や自傷行為をやめさせ、二度とするなと怒鳴って体罰を加えます。また、反省しろとその場で1時間正座させます。いつもいつも体罰を加えられると、その人はそれをするとたたかれると思って、暴れたりしなくなるでしょう。
また、行動障害を減らすためということで、パニックが起こったときは、できる限り刺激のないところに連れていって落ち着かせるべきだとして、窓のない部屋で、明かりもつけず音も遮断された部屋に数時間閉じ込めて落ち着かせるなどといった方法をとるとします。きっとその人も、それを繰り返されるうちに、その真っ暗な部屋に入るのが怖いということを学習して、確かに、行動障害は減るでしょう。
しかしながら、行動障害をなくすというのは、単に行動障害がなくなればよいということではありません。この二つの例は、単なる対症療法です。こういった方法によって行き着く先は、自分は何をやっても怒られる、叩かれる、と常に回りに対して恐怖を抱きながら生活するようになり、生きる力を失ってしまう姿です。自ら生きるのではなくて、ただ周りから生かされているというだけの存在になります。爽やかな笑顔もなくなり、何かをしたいという意欲もなくなります。これでは、行動障害がなくなっても何の意味もありません。また、そのような経験を繰り返した人は、そこを離れ、全く別の環境の場に移っても、そのつらかった経験がトラウマとなって、対人恐怖症や閉所恐怖症などの苦痛を味わい続けることになります。
行動障害をなくすというのは、その現象をなくすのではなく、その人が行動障害を起こさざるを得ないような状況をなくすことです。、例えば、あれがしたい、これは嫌いだなどといった本人の気持ちと、周りの人がそのことが理解できずに、本人の思いを実現できないという本人と環境とのギャップを埋めるということです。それが対症療法ではなく、本質的な問題解決になるのです。
ゆたかの里では、行動障害を持つ人たちへの支援のあり方として、まずスタッフと利用者が積極的にコミュニケーションを深めて、利用者の欲求とか不満をきちんと理解することが大切だと考えています。そのためには、大勢の人たちでの行動をできるだけ減らして、できる限り少人数グループでの活動を増やしています。また、作業とか行事や給食などの日々の生活のあらゆる場面でいくつかのオプション、選択肢を用意して、本人が選択したり決定したりする場をできるだけ多く作っています。これは、利用者の人たちは、自分で決める喜びを感じたり、自分が決めたことを周りの人から認めてもらう喜びを感じて、そこに自分の存在感を見いだすからです。こうして障害者の人たちがより自分をアピールして、それに対してスタッフが、障害者の人たちの欲求を実現したり、不満を解消したりするためのサポートをすることで、精神的に安定して、ストレスを回避することが可能となり、行動障害や自閉症のパニックやこだわりを軽減、消滅しています。
このように、行動障害をなくすポイントは、スタッフや周りの人たちの関わり方にあります。様々な試行錯誤や実践を通じて、ゆたかの里では、スタッフ会議で、法人の「基本理念」と、「スタッフ心構え5原則」と、「スタッフ行動規範30か条」というものを決めています。ゆたかの里での経験から、ここに掲げた内容を日々の実践の中で心がけて利用者と接すれば、おそらくどんなに経験の浅いスタッフであれ、多くの行動障害や問題行動を、かなり軽減させることができます。
さて、行動障害を軽減させる施設での取り組みは、単に、行動障害を持つ人たちのためだけに有効な支援方法ではありません。行動障害が起こるような施設運営というのは、行動障害のない人にとってもストレスの発生する環境であるということです。したがって、行動障害の軽減に視点をあてた支援は、施設運営自体の改善となり、すべての利用者にストレスのない快適な環境の提供につながるのです。

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