アメリカでは行動障害に対してどのように対応しているか?

(1997年3月、「ヒューマンサービス研究会米国福祉視察報告書」に掲載)

はじめに

今回私は、「行動障害」を持つアメリカの障害者の暮らしの状況と、昼間の活動の状況を中心に視察した。暮らしの場としては、上下に分かれたアパートに、それぞれ2人の知的障害者と援助者が一緒に生活している2軒のグループホームを視察した。また、3階建ての大きなアパートの1軒で1日に6時間のサポートを受けながら一人で暮らしている女性の自宅を訪問した。昼間の活動の場としては、庇護授産所での室内作業やイメージトレーニングなどの場面、衣料品専門店で働いている女性の職場、マクドナルドの店員として働いている女性の職場などを訪問した。
この報告では、まず現場のスタッフが「行動障害」をどのように捉えているかについて述べる。次に、暮らしと昼間の活動の中で、どのような実践によって「行動障害」を克服しようとしているのかについて報告する。最後に、私がこの視察を通じて学んだことを述べたいと思う。

「行動障害」の捉え方について

この州では、行動障害のことを「チャレンジングビヘビアー」と呼び、行動障害を持つ人たちのことを「チャレンジピープル」と呼んでいる。これは、「行動障害」という言葉は、我々にとっての行動障害であって、本人からみたら基本的には意志伝達の方法であったり、意志伝達のもどかしさの表現であると捉えられる。したがって、その行動自体をみつめ問題にするのではなく、周りの人々が彼らの意思伝達をしっかりと受け止め、実現していく方法をどう確立していくかが問題なのであり、我々がそれにどうチャレンジしていくかということに目を向けようという考え方に基づいているということであった。また、行動障害を持つ人々が地域での就労などコミュニティとの接点を築く際にも、「行動障害」という言葉を使うと、コミュニティの方が拒否しがちであることも呼び方を変えた理由のひとつだということであった。これらの言葉は、最近になって使われ始めたが、あるエージェンシーのスタッフは、「チャレンジングビヘビアー」の「ビヘビアー(動作、ふるまい、行動)」という言葉すらも必要ないのではないかと思っていると言っていた。かつての大規模施設での生活や5、6人を超える大人数でのグループホーム生活の時代には、多くの障害者に様々な行動障害が見られたが、最近ではほとんど見られなくなっているという。私は、現場の方々の説明や視察場面の感想から、最近では行動障害がほとんど見られなくなった理由として、次のことが上げられると思う。
A 1人又は2人という最少人数での暮らしの場の実現、
B 本人の自己選択によるディプログラムや余暇活動の内容の充実、
C スタッフが、サポートのあらゆる場面で本人の自己選択・自己決定を尊重していること、
D 週に1~2回など定期的に訓練されているフラストレーションのセルフコントロールのためのイメージトレーニングの実施、
E 言葉を持たない人や障害の重い人たちの自己表現・自己主張の表出を可能にさせるための日常的な「絵カード」や「写真カード」などを使ってのトレーニングの実施、である。
以下、これらについて補足したい。

最少人数での暮らしの実現

COVEセンターというエージェンシーには、20歳以上の障害者が45人在籍している。彼らは、1対1で対応しなければならない人もいれば、団体でやっていけるような人もいる。彼らのうち、10人が2人用のグループホームで暮らしている。数人の人たちは里親の家庭で暮らしている。また家族と住んでいる人もいる。アパートで必要に応じてサポートを受けながら一人暮らしをしている人もいる。また、両親が家を残して亡くなった場合、その人がその家を人に貸して、その人たちと一緒に暮らしている人もいる。このように、80年代、グループホームができはじめた頃に主流であった5、6人から10人を超える規模のホームは、このエージェンシーにはすでになくなっていた。それどころか、障害者が3人以上の団体で生活する暮らしの場さえも、現在ではすでにない。施設入所時代に頻繁にみられた行動障害が、今の生活の中でほとんどみられない背景には、障害者が1人又は2人で暮らすことにより、サポートするスタッフとの深い関係が維持され、信頼関係が保たれることにより、フラストレーションやストレスを回避できているるのはないかと思う。

本人の自己選択による活動の内容の充実

マイケルたちの住むグループホームのリビングルームの壁には、各自のディアクティビティの1ヶ月の予定表が掲示されている。例えば、マイケルの場合、10月1日(火)11時から12時サッカーの練習、2時半コーラスリハーサル、2日(水)9時半から11時ローラースケート、5時から8時半サッカーの試合、3日(木)1時から3時水泳、といった具合である。プログラムの内容は、その他にボウリング、喫茶店、アートクラフト(創作活動)、レストラン、映画館などがある。これらの活動の内容は、スタッフの強制で決めるのではなく、本人の意志を尊重し、話し合いによって決めているとのことである。したがって、ディアクティビティは、正に本人のしたいことの実現の場となっているのである。これも、最少人数単位の生活だから可能なことであるとともに、スタッフが本人の自己選択を尊重しているから実現できていることに他ならないと思う。

あらゆる場面での本人の自己選択・自己決定の尊重

本人の自己選択・自己決定を大切にしているということは、2日間の視察のいくつもの現場で、またスタッフの人たちの話の中で実感した。その中で最も印象に残った場面を例に上げたいと思う。私たちは、1日目の午後、グループホームを訪問し、そこのリビングルームで前述のマイケルと彼の同居者ジョージ、そしてサポートをしているスタッフの方、私たちを案内して下さっているエージェンシーのスタッフ2名、そして我々視察者3名の合計8名で、本人たちに「今の生活はどうですか」などいろいろと質問したりして意見交換をした。(写真1)その話の最中、ジョージは、「自分は今のワークショップを変わりたいんだ」とずっと同じことをくり返しエージェンシーのスタッフに訴えていた。彼は、現在ワークショップで石鹸の箱詰めの作業をしているが、そこへは通勤に片道30分かかるので、もっと近いところに変わりたいということであった。それに対し、エージェンシーのスタッフは、「今のワークショップが気に入らないのなら、ワークショップの人に相談して違うところに移れるように何とかしてみよう」と受け応えをしていた。みんなの会話の中で、全体の話の腰を折りながら自己主張を繰り返す彼のために、我々の会話や質問はしばしば中断された。しかし、彼を取り巻くスタッフは、彼をしっかりと受容し、彼のその主張をしっかりと受け止め、自分自身の意見を述べていた。指示や指図、肯定や否定ではなく、どうすべきかを一緒に考え合っている姿が、とても印象的だった。

セルフコントロールのためのイメージトレーニングの実施

COVEセンターでは、45人全員が、1週間のうち何日間か、あるいは何時間か、地域で就労している。そして、彼らは、就労やディアクティビティなどの活動のない日は、COVEセンター内のワークショップで働いたり、イメージトレーニングを受けている。また、就労している最中に興奮してパニック状態になったときは、事業所へその人を迎えに行き、COVEセンターでイメージトレーニングを行う。具体的に行っていることのひとつは、呼吸法である。まず体の力を抜きリラックスさせ、深呼吸を数回させる。また、パニックがあったときは、その人に対して「叩くんじゃない」とか「あれやるんじゃない」「これやるんじゃない」と一方的に否定するのではなくて、その人を怒らせる原因になった場面まで気持ちを後戻りさせ、「怒るよりはリラックスしなさい」とか、「殴る代わりに話しなさい」というふうに声かけをし、行動を変えていくように促しているとのことである。我々が訪問した衣料品専門店で、ちょうどそのような場面に出会った。ここで衣類の仕分けをして働いている女性リサは、言葉を発することができない。彼女の勤務時間は、10時から14時までで、我々が訪問したときは、もう仕事終了間際だった。初対面の人に対して人見知りをする彼女は、私たちの姿をみて興奮し、「イライラしたから仕事をしたくなくなった。帰りたい。」と意志表示をした。すると、彼女のジョブコーチは、「さあ座りましょう」と促し、「さあ深く呼吸しましょう」と呼吸させて彼女のイライラを解消させていた。

「絵カード」等によるトレーニングの実施

言葉を持たない知的障害者にとって「絵カード」への指さしは、自己表現の数少ない手段のひとつだと思う。今回の視察で、暮らしの場でも、就労の場でも、庇護授産所でも、言葉を持たない知的障害者が存在するあらゆる場面で「絵カード」に出会った。グループホームには、各自の自分の部屋に、アクティビティボードがあり、そのボードに活動内容の絵が描いてあるカードを張り付けて、自分のその日の活動がわかるようにしている。マクドナルドでテーブル拭きやトレー集め、ゴミの回収など店内の仕事をしている女性は、エプロンのポケットに「カード集」を入れて働いていた。私たちが店の中に入ったとき、彼女は、テーブルを拭いていた。しばらく様子を観察していると、店内のやや離れた場所で彼女をさりげなく見守っているジョブコーチのところへ、彼女が寄って行ってポケットから「カード集」を取り出し、それを手に少しの間話をしていた。その後、彼女は、テーブル拭きの仕事からトレー集めの仕事に変わった。言葉を持たない彼女は、「絵カード」を指さしながら、テーブル拭きの仕事が終わったので、次の仕事に移ってもいいかと、ジョブコーチに指示を仰いでいたのである。COVEセンターでは、絵カードを使っての自己表現・自己主張のトレーニングを、障害のかなり重い人や言葉を持たない人に対しマンツーマンで行っている。センター内では、その位置づけが非常に大きく、重要視されているとのことであった。

まとめにかえて

私は、ロードアイランド州の視察を通じて以下のことを学んだ。ひとつは、日本でも行動障害、強度行動障害の人たちの問題がクローズアップされているが、行動障害が、その人自身の障害に起因するという考え方は、誤っているのではないかということである。大切なことは暮らしの場を可能な限り少人数化し、障害者をとりまく人々が、あらゆる場面で、彼らの自己選択・自己決定を尊重するということではないだろうか。2点目は、その自己選択・自己決定をスローガンとして捉えるのではなく、すべての障害者にそれを保障するための計画的なトレーニングを実践していかなければならないということである。私のまわりでも、「障害者の自己選択・自己決定」、「障害者の本人参加」などが常に叫ばれるが、その対象は、依然障害の軽い人たち、自分の思いを意志表示できる人という枠内でしかないように私は感じる。今回の視察で印象に残ったことは、障害の重い人や言葉を持たない人たちを含むすべての知的障害者が、自己選択・自己決定できるという基本的な考え方に基づき、それを自分自身で意志表示できるようにするためのトレーニングを計画的・継続的に行っているということである。3点目は、アメリカでは何故障害者のヒューマンライツを基本としたサポートが可能なのかという点についてである。アメリカでは、障害者やその後見人が、自分の好ましいと思うサービスを、複数の福祉サービス団体の複数のサービスプログラムの中から自由に選択することができる。そこには厳然として市場の競争原理が働いている。したがって、サービス団体が経営の先細りや倒産という状況を引き起こさないためには、サービスの質を高め、コンスーマー(障害者)に喜んでもらえるようなサービスを提供しなければならない。そこで、各サービス団体のパンフレットやオリジナルグッズなどにも様々なイメージ戦略的な工夫がなされている。例えば、グッズのマグカップやボールペンなどには「ヒューマンライツ!(=人権)」、とか「セルフデタミネーション!(=自己決定)」などの言葉が印刷されている。これらの点で、日本の福祉サービスを提供する団体、社会福祉法人とは、全く性格を異にしているといえると思う。私は、このような競争原理が、障害者のヒューマンライツを基本とした福祉サービスを提供する原動力のひとつになっているのではないだろうかと思う。

おわりに

前年の視察に参加し、進んでいるアメリカの福祉に追い付きたいという思いで、私の職場では、早速スタッフ会議でアメリカの援護就労について勉強会をし、みんなで援護就労の実践に取り組んできた。今回、再び視察に参加して、前回の帰国後よりも更にゴールが遠ざかったというのが実感であった。この視察で、私が一番感慨深かったことは、海の向こうの隣国アメリカでは、最も障害の重い人たちや強度行動障害の人たちに対して自己表現、自己主張のトレーニングを行っており、スタッフらまわりの人たちが、彼らの主張をしっかりと受け止めようと必死になっていたという事実である。わが職場も、再び自己変革を迫られていると痛感した視察であった。

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