コミュニケーショントレーニングと自己コントロールトレーニングの方法

(1999年3月、社会福祉法人清水基金「1998年度海外研修報告書」に掲載)

はじめに

現在、わが国の知的障害者援護施設において、現場スタッフがなかなか展望を見出せずに日々悩んでいる大きな問題のひとつは、重度の知的障害で問題行動のある人、自閉的な人、強度行動障害を持つ人などに対する処遇の方法ではないだろうか。アメリカ北東部のニューハンプシャー州やロードアイランド州では、以前は、多くの重度知的障害者に様々な行動障害が見られたが、近年では、それらの行動障害がほとんど見られなくなったとのことである。そのようなことが、実際にあり得るのだろうか。また、もしそれが事実だとしたら、その方法や技術は、日本の福祉現場に導入することが可能なのであろうか。
今回、私は、それを検証するために、アメリカの両州で、障害者の暮らしの場や就労の場などをつぶさに見学し、当事者やスタッフから話を聞いた。2ヶ月半の研修を通じて、私が思ったことは、これらの州でも、行動障害は、完全にはまだ無くなってはいない。しかし、その頻度は、十数年前に比べ、数十分の1に減少している。かつての状況を知っている現場スタッフは、その変化を「それは正にミラクル(奇跡)だ。」と言った。私は、研修を振り返り、これらの州で行動障害がほとんど見られなくなった理由として、次のことが上げられるのではないかと考えた。
すなわち、①州政府保健福祉部の行政指導の下で、各福祉サービス団体が、障害者の人権尊重の理念を基本としたサービスの提供に徹していること、②その理念に基づき、スタッフが、サポートのあらゆる場面で、当事者の自己選択・自己決定を尊重していること、③言葉を持たない人や障害の重い人たちの自己表現や自己主張の表出を可能にさせるための、視覚シンボル(「絵カード」など)を使ってのコミュニケーショントレーニングが、日常的に行われていること、④行動障害の原因となるフラストレーションやストレスを自己コントロールするためのイメージトレーニングが、日常的に行われていること、などである。
わが国では、重度知的障害者は、「意思を持たない人々」あるいは、「保護されるべき人々」という認識のもとに、往々にして、その存在を健常者よりも低く位置づけられがちである。そして、その実状は、彼らが意志表示したり、発言したりする機会を奪うことにもつながっている。しかし、障害の内容や程度にかかわりなく、全ての人が、それぞれ固有の意思を持っているということは、今や、世界の福祉の流れの中で、当然のこととして認知されている。そして、今日の主要な論点は、意思表示が困難な人々に対して、彼らの意思を引き出すためには、どのようなサポートが必要であるかという方法論や技術論に移行しつつある。
重度知的障害者の自己表現・自己主張の力を身につけるトレーニングが、彼らの人生にとって何にもまして重要であるにもかかわらず、わが国の知的障害者福祉実践の現場において、これらのトレーニングが、計画的かつ継続的に行われているケースは極めて稀である。
そこで、私は、この研修を通じて学んだ、アメリカの知的障害者に対するトレーニングの実際に触れ、障害者を取り巻くスタッフの思想や哲学、サポートのあり方や技術・方法論を中心に報告したい。

州政府保健福祉部の行政指導の基本的立場

アメリカでは、障害者の人権が非常に大切にされている。重度知的障害者の自己選択・自己決定を可能にするための様々なトレーニングも、そのことの具体化のひとつに他ならない。
そこで、トレーニングの方法論について報告する前に、その背景としての福祉制度の枠組みや福祉行政・福祉サービス団体の目指す理念などを明らかにし、その福祉の全体像の中に、これらのトレーニングを正確に位置づけたいと思う。
アメリカ合衆国において、福祉サービス団体は、州政府の保健福祉部(Department of Mental Health, Retardation and Hospitals=MHRH)の行政指導に基づいて運営されている。州政府は、福祉サービス団体やそこに所属する援助スタッフ対し、ブックレットによる啓蒙やスタッフ研修の実施などによって、人権擁護について、徹底した指導を行っている。一方、発達障害を持つ当事者に対して、自分たちはどのような権利を持っているのか、また、周りの人たちから自らの権利が剥奪されたときに、その苦情をどのように処理すればいいのか、などについて詳しく紹介している。
ロードアイランド州政府は、障害者のために、『Stand Up For Your Rights!~A Guidebook For People With Disabilities~(あなたの権利のために立ち上がろう!~障害者のためのガイドブック~)』(資料1)という冊子を作成している。冊子は、知的障害者などを対象としているため、当事者が理解しやすいように、イラストを多用し、簡単なことばで人権について説明されている。また、『Your Bill Of Rights~Rights of people who get services from the Rhode Island Division of Developmental Disabilities~(あなたの基本的人権~ロードアイランド州発達障害局からサービスを得る人の権利~)』という冊子の『苦情を訴える権利』(資料2)の項には、もし、自分の人権を他人から侵害されたとき、そのことを誰に言うのか、またどのようにして言うのかなどの対処の方法が詳しく記載されている。
このように、福祉サービス団体の援助スタッフは、障害者の人権を尊重するというスタンスに立って援助しなければならないということが義務づけられている。そして、それを遵守しなかったら、当事者が、行政に対し、そのことを「苦情(Grievance)」として、提出できるような制度が確立されている。それにより、障害者の人権尊重は、実効性のある援助理念として内実化されているのである。
また、行動障害を持った人に対しても、州政府により、以下のような考え方を基本にした援助が義務づけられている。すなわち、この州では、行動障害(Behavioral Disability)のことを「Challengeing Behavior(行動へのチャレンジ)」と呼び、行動障害を持つ人たちのことを「Challenge People(チャレンジする人)」と呼んでいる。これは、「行動障害」という言葉は、援助者の側からの一方的な捉え方によるものであって、当事者の側からみたら基本的にはその行動は、当事者の不満や欲求などの意思伝達の方法であったり、あるいは、意思伝達がうまくできないことに対する、もどかしさの表現であると捉えられる。したがって、その行動自体をみつめ問題にするのではなく、周りの人々が、どのようにしたら、彼らの意思をしっかりと受け止められるのか、また、彼らの意思を実現していく方法をどう確立していくかが問題なのであり、援助者がそれにどうチャレンジしていくかということに目を向けようという考え方に基づいているということであった。

コミュニケーショントレーニングの実際

さて、障害者の人権を尊重するためには、まず、当事者が何がしたいか、何が不満かを周りの人が正確に理解しなければならない。とりわけ、自己表現・自己主張が困難な障害者に対しては、それを引き出すための方法を確立しなければならない。
わが国では、言葉を持たない知的障害者の人たちの言いたいことや気持ちを理解する方法としては、日頃から、その人を良く知っている周りの家族やスタッフが、その人の表情や態度を見て判断する場合が多い。しかし、当事者のことをどんなに良く知っている人でも、すべて正確にその人の気持ちを理解することは不可能である。このことは、当事者の立場からすると、周りの人たちは、自分の気持ちや言いたいことを少しも理解してくれない、わかってくれない、無視している、ということになる。それで、ストレスがたまり、パニックになったり、問題行動を起こしたりすることになるのである。。
一方、アメリカでは、スタッフが、何とか本人の気持ちを正確に理解しようと、試みている。そのひとつが、コミュニケーショントレーニングである。コミュニケーショントレーニングといっても、当事者の障害の内容や程度によって様々なプログラムが組まれている。ここでは、それらについて、紹介していきたい。

言葉を持たない人への視覚シンボルを使ったトレーニング

「Nothern Rhode Island Arc(ノーザンロードアイランドアーク)」いう福祉サービス団体では、就労援助や暮らしの援助などのサービスを、約200人の知的障害者が利用している。そのうち、概ね3分の1の約70人が、言葉をしゃべることができない。その人たちは、全員、ピクチャーブック(Picture Communication Symbols Book)を持っている。それぞれの人はピクチャーブックを、肌身離さず大切に持ち歩いており、皆、かなり使い込んでいるのが汚れや痛み具合でわかる。ピクチャーブックは、ひとりひとりの使える能力によって語彙の数や絵の大きさなどが違っており、本人の興味や関心に応じて絵の内容も違っている。
各人のピクチャーブックの作成や、それを使いこなすためのトレーニングは、言語療法士(Speech Therapist)によって行われている。トレーニングは、一人ひとりのプログラムに基づいて、毎週1回、1時間程度、1クラス2~3人を対象として行われる。
写真の女性は、言葉を持っていない。彼女は、トレーニングを、8年間続けており、当初は、30個程度の名詞しか使えなかった。しかし、彼女の現在のピクチャーブックは14ページあり、現在では、形容詞や動詞などを含め、500個以上の視覚シンボルを使いこなすことができるようになったとのことである。彼女は、14ページあるピクチャーブックのどのページにどの視覚シンボルがあるかを完全に把握している。したがって、いくつかの視覚シンボルを指さして、自分の表現したいことを瞬く間に表現することができる。
言語療法士(トレーナー)とのマンツーマンのセラピーの様子は、以下の通りである。
まず、彼女が、「I(私)」「man(男性)」「friend(友達)」「hug(抱きしめる)」のシンボルを順に指す。すると、トレーナーは、「who(誰)?」を指す。彼女は、「home(家)」を指す。彼女は、グループホームに住んでおり、最近、「一時利用」で、そのグループホームに何日か男性の当事者が滞在したとのことである。彼女は、その男性に興味を持っているということを伝えていたのだということであった。
次に、彼女は、「I(私)」「went(行った)」「aquarium(水族館)」と順に指す。すると、トレーナーが、「when(いつ)?」と質問する。彼女は、「Thursday(木曜日)」を指す。トレーナーは、「who(誰と)?」と聞き、「family(家族)」と答える。
このような、やりとりが続けられ、トレーナーと彼女の会話は、ピクチャーブックを媒介にして、完全にかみ合っている。このような、日常の出来事を振り返りながら、ピクチャーブックの使い方を修得していくのである。
また、このトレーニングでは、ただ会話をするだけではなく、文法を教えているのも印象的であった。例えば、彼女が、「I(私)」「wear(着る)」「sleep(眠る)」「nightgown(寝間着)」とシンボルを指す。すると、トレーナーは、語彙の順番が違うことを指摘し、彼女に正しい順序を「I」「wear」「nightgown」「to」「sleep」と教えていた。これは、文法を学ぶことによって、より長い文章を表現することも可能になるからだそうである。
視覚シンボルは、最初は、最もリアルな「写真シンボル」で慣れ、次に「絵シンボル」でやや抽象化され、最後には、コミュニティに出ても使えるように、小さなカードブックにたくさんの小さい絵による視覚シンボルが貼られた物を使えるようにトレーニングする。ある知的障害者は、写真シンボルで意思表示できるようになるのに5年かかったという。そして、絵シンボルを使い始めて1年になるが、完全に利用できるようになるまでには、あと2~3年はかかるだろうとのことであった。

直近の記憶を喪失する人のピクチャーセンテンスを使ったトレーニング

昔のことは覚えているが、1~2週間前のつい最近のことを思い出せないという障害を持った女性へのトレーニングは、以下のように行われていた。
まず、先週、彼女がしたことを、彼女が暮らしているグループホームのスタッフが日記に書く。それをトレーナーが絵シンボルによるセンテンスにして表現する。彼女は、トレーニングの中で、そのピクチャーセンテンスを見ながら、自分の経験を振り返ることにより、記憶の回復のトレーニングをする。トレーナーは、絵シンボルを指さしながら、「何をしたか」を本人に問いかける。彼女は、なかなか思い出せず、一生懸命考えながら、どうにか思い出していた。このトレーニングを3年ほど継続していく中で、彼女は、つい最近の過去の出来事をかなり短時間で思い出せるようになったとのことである。
右の写真のピクチャーセンテンスは、6月24日のトレーニングに使われていたものある。これは、「6月9日、私たちは、ビンゴをして遊んだ。(私たちは、負けてしまった。)」「6月11日、私は、木曜ナイトクラブでダンスをした。私は、Donnaさんに会った。私は、マクドナルドで食事をした。」という内容の文章である。

言葉を持たない人のための手話のトレーニング

言葉を持たない知的障害者の自己表現の方法としては、視覚シンボルによる方法以外に、手話による方法がある。
この福祉サービス団体では、スピーチセラピーの一環として、手話のトレーニングも行っている。
トレーナーは、カードを選び、並べる。例えば、「赤ちゃん」、「ベッド」、「ミルクを飲む」の3枚を当事者の前に並べる。それを見て、彼女は、それを手話で「赤ちゃんが、ベッドの中で、ミルクを飲んでいる」と表現する。そして、上手くできたらトレーナーは、「グッドジョブ!(よくできた!)」と評価する。
また、「女の人」、「馬」、「シンク(台所の流し)」、「洗う」という奇妙なセンテンスのカードを並べ、「女の人が、馬をシンクで洗う」と当事者が手話で表現した後、「こんなことあるわけないよね」とトレーナーと会話を楽しんだりしていた。
1人のトレーナーにより、2人の当事者がトレーニングを受けていたが、当事者たちは、すでに何年もトレーニングを続けているとのことで、手話でかなりの語彙を覚えているようであった。

多弁な人のための話し方のトレーニング

多弁で、脈絡なく常に一方的にしゃべり続ける人には、言葉の正しい使い方のトレーニングをしている。
このトレーニングは、3人の知的障害者に2人のトレーナーがついて行っていた。まず最初のプログラムは、自分たちで作ったオリジナルの絵本を感情を込めて読み聞かせをするというトレーニングであった。まず、トレーナーが手本を示して、ゆっくりと感情を込めて読む。それを聞いて、次に当事者が読む。しかし、絵本の文字を見ると棒読みになるので、文字を隠して自分の言葉で語りかけながら絵本を読み進めるという方法をとっていた。
次の課題は、絵を見て物語を作るトレーニングである。
彼は、絵を見て、「ライオンが道を歩いてて、『あれ?こんなところにバナナがある。おかしいな、これは、本当は街灯のはずだけど・・・』と首を傾げている。」という物語を作った。トレーナーは、「良いところに気が付いたね。」と評価していた。
最後の課題は、絵を見ての間違いさがしだった。
当事者は、絵を見て、「にわとりがパンケーキをこぼしている」と指摘していた。
このようなトレーニングを通じて、彼らは、目的を持った会話をするということを学ぶと共に、相手に自分の言いたいことを適切に相手に伝える方法を学んでいるのである。

日常生活における自己表現のためのアイテム

目が見えず言葉を持たない人が自己表現するためのアイテム

視覚障害で目が見えず、かつ言葉を持たない人が、自分が今何をしたいかを自己表現するための手段として、行動を象徴するアイテムを示すという方法がある。これらの道具は、視覚・言語障害者の自己表現を代弁する積極的な役割を果たしている。
この写真は、その道具の一例である。それらのアイテムの意味する内容は以下の通りである。
上段左 小さなクッション 疲れたので車椅子を降りて、床に座りたい
上段中 ベルトの切れ端 理学療法士によるリハビリ訓練のサイン(リハビリ訓練の時間になったら、スタッフがそのベルトを本人に提示して、今からリハビリ訓練が始まることを知らせる)
上段右 カセットテープ 音楽を聴いてリラックスしたい
中段左 小さな本 本の読み聞かせをしてもらいたい
中段中 カーペットの切れ端 車椅子を降りて横になりたい
中段右 おもちゃのシンバル 車椅子から降りてつかまり歩きをしたい
下段左 フロッピーディスク コンピューターを使いたい
下段中 車のキー 車に乗りたい
下段右 車椅子の部品 車椅子を持ってきてほしい

グループホームで利用しているアイテムの例

このアイテムは、グループホームのリビングに置かれていた。自分が今、どこに行きたいかを表現するための道具である。それぞれのカップがボードにマジックテープで貼られている。
写真(右)は、一番上が、「マクドナルド」、次が「セブンイレブン」、次が「ダンキンドーナツ」、最後が「バーガーキング」である。当事者の人は、どこかに行きたいとき、その場所を示すカップをはずしてスタッフに提示するのである。
写真(次頁上)も同様のアイテムである。車に乗りたいときは、左のカギを取る。真ん中は何かを食べたいとき、右は、のどが渇いたときにこれを取ってスタッフに提示する。
写真(次頁下)の引き出しの中には、以下のような彼が意思表示するためのアイテムが入っている。彼は、何かがしたいときに、リビングにあるこの引き出しを開け、いずれかのアイテムを持ち、スタッフに意思表示している。また、時には、スタッフが、当事者が何をしたいかを知りたい時に、複数のアイテムを手に持って彼の自己選択を尋ねることもある。
靴 散歩がしたい
シャワーの先端 シャワーを浴びたい
プラスチックコップ ミルクシェークが飲みたい
木の棒のおもちゃ さざ波の音を聴きたい
ハーモニカ 音楽が聴きたい
シートベルトの一片 ドライブに行きたい

行動障害を軽減するための自己コントロールトレーニング

私は、Groden Center(グローデンセンター)という福祉サービス団体を訪問した。そこは、心理学者であり教育学者でもあるJune Groden博士が20年前に設立した、自閉症や行動障害や情緒障害を持つ人たちを対象とした訓練センターである。グローデン博士は、行動障害を持った人たちへのトレーニングプログラムの研究と実践の世界的な第一人者である。
このセンターは、行動障害を持つ人たちの自己コントロールの能力を高めるためのトレーニングを、3つの手法の組み合わせによって行っている。3つの手法とは、「思考停止」、「リラクセーション」、「イメージリー」である。
毎日朝9時から10時まで、それらのトレーニングが、このセンターの利用者全員を対象に行われている。彼らは、毎朝、それらのトレーニングを終えて、地域での就労やボランティア活動、アクティビティ活動など、それぞれの活動に散らばっていく。1回のトレーニングプログラムは15分間で、各自4つのプログラムがマンツーマンで行われている。

リラクセーション(Progressive Muscle Relaxation)

リラクセーションの目的と内容などについて、グローデン博士は、以下のように述べている。
すなわち、リラクセーションプログラムは、身体の筋肉を弛緩することを目的としている。誰しも、精神的重圧(ストレス)や緊張があるときは、必ず、筋肉が硬直する。もし、このような緊張状態と弛緩状態を、自ら見極めることができれば、緊張や、イライラを自らコントロールすることができるようになる。筋肉が緊張した状態と弛緩した状態を自ら識別する方法のひとつは、身体の一定の筋肉を故意に緊張させることである。筋肉を緊張させると、身体のどこがどのように変化するかがわかる。そうすれば、逆に、筋肉をリラックスさせる方法や、リラックスの心地よさが認識できるようになるという。
リラクセーションの効果は、以下の通りである。実験によると、もし、1日2回リラクセーションを行うと、その効果は、その時だけではなく、その日1日を通じて現れる。具体的な効果として、リラクセーションは、①ストレスの刺激を減少させる、②欲求不満の耐性を増大させる、③血圧と脈拍数を低下させる、④他人による非難、排除、失望への反応を減少させる、などである。
リラクセーションの方法は、以下の通りである。①椅子の前の方に身体を移動させ、両肘を背中で合わせようとする、②左右の胸を中心部で緊張を作るよう、胸をしっかりと締め付ける、③腹部に力を入れ、締め付ける、④ウェストから、尻、膝まで、全てを、締め付ける、⑤目を閉じて、身体の緊張した場所を丹念に調べ、それを弛緩する、⑥10回深呼吸し、「リラックス」と言いながら、息を吐く、である。

イメージリー(Imagery Program)

人は、自らの行動の結果や、先の状況を見通すことができれば、その行動への積極的な態度が生まれる。潜在的な積極性は、自らの先の行動をイメージして見通し、更に、それによる楽しい結果や褒美をイメージしているときに顕在化する。そのような行動心理学上の考え方に基づいて、イメージリープログラムは開発された。
このプログラムは、問題行動(Problematic behaviors)、自傷行為(Self-injury)、癇癪(Tantrum)、逃走(Running away)、道具破壊(Property destruction)などの行動障害の緩和に効果があるという。
センターでは、イメージリープログラムの実践を通じて、激しい癇癪を持った人や、破壊的な行動をとる人が、自分自身をコントロールすることを学び、より積極的になっていったという。
ここで、イメージリーのトレーニングの例を紹介する。
写真の例は、スティーブンのトレーニングである。彼は、ひとつの行動から他の行動へ移るときにしばしばパニックを起こしていた。そこで、彼の1日の行動の流れを写真で示し、それを、順々に1枚ずつ見せていく。スタッフは、写真を見せながら、短いセンテンスを読む。以下のセンテンスの、アンダーラインの部分は、スティーブン自身が言う。トレーナーは、左上の写真から、右に向かって、1枚ずつスティーブンに提示していた。<写真1枚目>「Steven is riding on the VAN to COVE. He is nice and relaxed.」(スティーブンは、バンに乗ってコーブに行っています。彼は、快適で、リラックスしています。)<写真2枚目>「Steven earns his bean bag chair by staying in CONTROL.」(スティー 写真12 トレーニングアイテムブンは、ずっとコントロールし続けたので、ビーンバッグチェアーに座れます。)<写真3枚目>「Steven is HAPPY to be at Cove. He gets to see all of his FRIENDS.」(スティーブンは、コーブにいてハッピーです。彼は、友達みんなに会えます。)<写真4枚目>「Steven gets off the van nice and RELAXED.」(スティーブンは、快適で、リラックスしてバンをおります。)<写真5枚目>「Steven finishes his PROGRAMS.」(スティーブンは、彼のプログラムを終了します。)<写真6枚目>「He is sitting in the UNIT.」(彼は、ひとりで座っています。)<写真7枚目>「Other people leave to go HOME.」(他の人たちは、家に帰ります。)<写真8枚目>「Staff are happy that Steven waits in the unit and keeps himself in CONTROL.」(スティーブが、ひとりで待って、自分自身をコントロールしているので、スタッフは、ハッピーです。)<写真9枚目>「This is STEVEN.」(この人は、スティーブンです。)<写真10枚目>「Steven sees JACKIE.」(スティーブンは、ジャッキーを見ます。)<写真11枚目>「Steven says "HI" to Jackie. Steven is happy.」(スティーブンは、ジャッキーに「ハイ」と言います。スティーブンは、ハッピーです。)<写真12枚目>「Steven takes a BREATH and RELAXES.」(スティーブンは、深呼吸をして、リラックスします。)
このトレーニングの状況を見学したが、彼は、自閉的傾向の強い重度知的障害者だったが、トレーナーが写真を提示すると瞬く間に、センテンスの中の下線の単語を言っていた。
次の例は、トイレの自立のためのトレーニングである。
ジョナサンは、まだ、一人でトイレに行くことができない。彼が、一人でトイレに行けるようになるためのトレーニング「Bathroom Routine(トイレ手順)」では、11枚の絵カードを使う。(資料3)
まず、リラクセーションでリラックスしたジョナサンは、トレーナーと、向かい合って座る。トレーナーが、「自分がトイレに行こうとしていることを想像して下さい」と場面の説明をする。それから、トレーナーが、視覚シンボルを1枚ずつ当事者の前に提示しながら、その絵の場面の状況を「Turn on light(電気をつける)」などとゆっくりと声に出して言う。トレーナーの言った後に、ジョナサンが同じことを言う。そして、トレーナーは、最後に、「グレートジョブ、ジョナサン」と誉める。
スタッフは、彼がトイレに入るときには、必ずそれらのカードを持っていき、彼の行動の流れに沿って、カードを指し示す。これを何度も何度も繰り返す。何人かの人は、それを繰り返すうちに、トイレに行くという行動パターンを修得し、自分で行けるようになったとのことである。
また、イメージリーのトレーニングの中には、「Self-esteem(自己尊重)」というプログラムがある。これは、当事者自身が自信を身につけることによって行動を変革していくことを目的としている。
行動障害の原因のひとつに、自分自身に自信が持てない、他人から認めてもらえないなどの心理的要因も存在する。そこで、本人が生き生きと活動している姿の写真とその下に短いセンテンスを書き、十数ページの、ファイルを作成する。センテンスは、例えば、「I am a quick learner.(私は早く学べる)」、「I am a hard worker.(私は働き者だ)」、「I have a great personality.(私は、よい性格だ)」、「I am a handsome man.(私はいい男だ)」などである。当事者は、毎朝座って、リラックスした状態で、スタッフから提示された自分の写真を見ながら、ゆっくりとスタッフが読む自己評価の言葉を聞く。それにより、彼は自分に自信を持つようになり、行動が落ち着いてくるとのことである。
これらのイメージリープログラムの留意点は、以下の通りである。
まず、イメージリーのトレーニングの前には、必ず深呼吸をし、リラックスさせる。そして、当事者が落ち着いたら、スタッフは、ゆっくりと小さな声で、センテンスを読む。本人が、イメージリーのトレーニングを拒否したら、スタッフは、トレーニングを中止する。あくまで、強制ではなく、本人の意志を尊重しなければ意味がないからとのことである。そして、キーワードが言えたら、スタッフは、必ず、「nice job!」「good job!」「good!」などの誉め言葉を忘れない、ということである。

データの分析

これらの他にも、センターでは、行動障害を軽減するための様々な試みを行っている。
ストレスの本当の原因を究明するために、センターでは、ストレスが発生したときや、パニックが生じたときのデータを、時間や場所、何をしていたときに発生したのかなど、詳しく記入し、行動障害の傾向分析をしている。その結果、ある人は、騒いでいるところに連れていったら問題が起こるとか、ある人は、2、3分ごとに指示をされたらイライラするとか、15人乗りのバンに大きな人ばかり15人乗せたら、大声で叫んだなどがわかった。そこで、当事者を取り巻くそれらの環境を変えることによって、行動障害を軽減していくことに成功したとのことである。

ストレスボール

ユニークなのが、「ストレスボール」である。厚手のゴム風船に粘土を詰めて、イライラしたときにこれを手で握って揉むとストレスが解消されるというものである。これは、イライラした人が、スタッフの腕をギュッと握りたがることをヒントに考え出したとのことで、何名かの行動障害者には、効果が見られているとのことであった。これは一種の対症療法で、行動障害のパニックが発生したときに、それを抑制するために利用されている。しかし、根本的な行動障害の克服は、対症療法では不十分で、ストレスの本当の原因を明らかにし、それを解消しなければなくならないとの考え方に立っているとのことであった。

ニコニコマーク

他にも様々な方法で、パニックを回避する方法が用いられている。
例えば、パニックを起こさない時間がある程度継続したら「ニコニコマーク」をあげて、それが3つたまったら、彼女の好きなビスケットをひとつご褒美にあげるという取り組みもしていた。彼女は最初常に興奮していて暴れたり物を投げたり大声でわめいたり、他人に暴力を振るうという状況であったそうだ。最初は、3分間継続して落ち着いていることができたらニコニコマークをあげるということで、課題に取り組み始めた。マンツーマンのスタッフは、常に彼女のそばにいて、タイマーで時間を計っている。毎日毎日繰り返していくうちに、3年間が過ぎた。現在では、12分の課題で取り組んでいる。彼女は、現在では12分を6回継続して、パニックの自己コントロールができるようになった。したがって、1時間以上落ち着いて活動に取り組むことができる。現在では、ご褒美は、お菓子ではなく、誉め言葉だけでいいようになったとのことである。私は、作業場面で、彼女と半日一緒に過ごしたが、その間、パニックは全く見られなかった。

まとめ

私は、これらのコミュニケーショントレーニングの現場を見学して、障害の内容や程度に応じた適切なトレーニングプログラムに基づいて、5年から10年という長い期間、地道なトレーニングを積み重ねることにより、重度知的障害者の自己表現・自己主張を引き出すことは、実際に可能であるということを確信した。
また、「リラクセーション」や「イメージリー」などの自己コントロールトレーニングを継続することで、問題行動といわれる行動は、軽減することができるということを実感した。
ごく当たり前のことだが、私たちは、自分の人生において、自分がしたいと思うことをしたいし、自分が生きたいと思うように生きていきたい。それを知的障害者の人生においても可能になるように援助しようという人権尊重をベースとした考え方が、アメリカで、知的障害者のコミュニケーショントレーニングを発展させてきたことの背景にあると思う。ここまで報告してきたように、私の研修した州では、援助スタッフは、当事者の人たちの気持ちや考えを正確に理解しようと、様々なアイデアやアイテムを取り入れながら、必死に言葉のない人たちの思いを受け止めようと努力していた。そして、その結果、障害を持つ当事者たちは、ストレスを回避することが可能になり、行動障害が減少していった。 例えば、強度行動障害を持っていた重度知的障害者のドンさんは、92年1月当時、1ヶ月に64回の「抑制を必要とする行動(Incidents Requiring Restraint)」(いわゆるパニック)を起こしていたが、96年9月以降は、全くそのような行動が見られなくなったという。(資料4)
わが国では、強度行動障害を持つ人たちの処遇には、より多くのスタッフを現場に配置することが最善であると考えられている。その理由は、行動障害により、本人自身あるいは、本人を取り巻く人たちに危害が加わる可能性を否定できないからである。そのことは、私自身も理解できる。しかし、私は、そのような考え方は、行動そのものを問題として捉えた一種の対症療法であり、そこにしか目を向けなければ、決して行動障害そのものは軽減していかないのではないかと思う。大切なことは、何故、彼らが、行動障害を起こすのか、いや、起こさざるをえないのかを理解し、その原因を除去することではないかと思う。
アメリカでは、発達障害者のためのコミュニケーショントレーニングのための個別プログラムの策定や実際のトレーニングは、専門職である言語療法士(Speech Therapist)により行われている。大抵の福祉サービス団体のサービスプログラムには、理学療法士による理学療法、作業療法士による作業療法、そして、言語療法士による言語療法が含まれている。
日本では、言語療法士による言語療法の内容としては、失語症、構音障害、聴覚障害、音声障害などの身体機能の回復訓練が中心である。したがって、知的障害者援護施設に措置されている言語発達遅滞者は、ほとんど言語療法の対象とはみなされていないのが現状である。
わが国においても、「ST(Speech Therapist)の国家資格化」について、近年、厚生省の審議会にて論議され、報告書も提出されている。その中でも、言語及び聴覚に障害を持つ者に対して訓練等の業務を行うSTの人材確保と資質の向上の重要性が強調されている。
私は、コミュニケーション障害を克服することの重要性を、障害者の人権尊重の観点から再認識し、わが国においても、とりわけ、意思表示の困難な知的障害者に対し、このようなトレーニングの実施が可能になるように願わずにはいられない。

おわりに

まず、約3ヶ月の海外研修の素晴らしい機会を与えて下さった、清水基金に心から感謝したい。私が学んだことを、今後、より多くの人々に紹介し、また日本の知的障害者の社会的地位の向上に向けて、微力ながらも自らが実践することが、清水基金への恩返しであり、私の責務であると思っている。本当にありがとうございました。
また、私の研修を快く受け入れて下さったロードアイランド州発達障害局長のMs. Lynda kahn、ニューハンプシャー州発達福祉局長のMs. Susan Fox、研修をアレンジして下さったロードアイランド州のMs. Linda Dvelis、ニューハンプシャー州のMs. Jenn Boyer、ペンシルバニア州のMr. Mark Friedman、そして、私の研修の成功のために、全てにわたって、多大なるお力添えをいただいた、冨安ステファニーさん、本当にどうもありがとうございました。

資料1『Stand Up For Your Rights!』(ロードアイランド州発達障害局)

基本的人権宣言

州の保健福祉部によって福祉サービスやサポートを受ける全ての障害者は、以下の権利を持っています。
・あなたは、他の誰もが持っている憲法上の権利を持っています。
・あなたは、尊重と敬意を持って、ひとりのおとなとして見なされる権利を持っています。
・あなたは、福祉サービスとサポートについて、あなたが理解できる方法で、説明されます。
・あなたは、「ノー」と言う権利を持っています。
・あなたは、あなたのケース記録、医療記録、専門家の記録など、あなたに関係するすべてのファイルを見ることができます。
・あなたは、あなたの考えをいつでも変更することができます。
・あなたは、あなたの暮らし方を決定する権利を持っています。
・あなたは、あなたが必要とし、希望する福祉サービスやサポートの種類を決定する権利を持っています。
・あなたは、あなた自身の暮らし方を計画する権利を持っており、あなたの計画の立案を助けてもらう人を選ぶ権利も持っています。
・あなたは、プライバシーを尊重される権利を持っています。
・あなたは、医療の取り扱いを選択する、あるいは断る権利を持っています。
・あなたは、虐待、無視、酷使から守られる権利を持っています。
・あなたは、福祉サービスを受けて不満に思ったことや苦情を、州政府に提出することができます。
・あなたは、あなたの苦情の提出の妥当性や、州がそれに対してどう対応したかを、いつでも質問することができます。
(これらの権利は、1997年州保健福祉部障害者諮問委員会により提起され正式に承認された。)

人権とは何か?

人権とは、あなたが持っているもので、他の人々が決してあなたから奪うことが許されないものとして、法律に謳われているものです。
人権とは、悪くあるいは、不公平に待遇されることから人々を守るものです。

もし、あなたの権利が奪われたらどうしますか?

もし、あなたが、仕事中に、家で、車の中で、お店で、あるいは、地域の中などのどこであろうと、またその加害者、すなわち、あなたを傷つけたり、あなたを不当に扱ったりした人が、福祉サービス団体のスタッフ、所長、家族、宗教関係の人、または、あなたの知っている他の誰かであろうと、あなたが、もし、虐待、無視、酷使の被害者になったら、あなたは、誰かにそのことを話さなければなりません。

あなたは、それを誰に話すべきでしょう?

あなたが、話すべき人は・・・
・あなたが信頼できる人
・あなたを信じ、あなたを助けると思う人
・あなたが好きなスタッフ
・州政府で働く人
・警察官
・人権委員会の人

資料2『苦情を訴える権利』(ロードアイランド州発達障害局)

あなたが、誰かにあなたの権利を奪われたと思うなら、あなたはそれについて、他人に話し、再びそのようなことが起こらないようにすることができます。あなたがどのように取り扱われているかについて、また、あなたが利用している福祉サービスについて、あなたが不満を持っているのであれば、全てのグループホームとデイプログラム(作業所や訓練センター)は、苦情を受理しなければなりません。これは、「filing a grievance(苦情の提出)」と言うもので、簡単にできます。
1.まず、何があなたを悩ませているかを明確にして下さい。例えば、「仕事中、隣の人は非常に騒々しい」とか、「スタッフが、嫌いな食べ物についての、私の気持ちを聞いてくれない」などです。誰かが、あなたの権利を奪っていませんか?
2.あなたの持っている問題について、他人にどのように伝えるかを決めて下さい。あなた自身で伝えるか、誰かに援助を頼むこともできます。あなたが、誰かに援助を求めるならば、あなたが信頼する人にそのことを話して下さい。
3.あなた自身で、あるいは、あなたが信頼している人に援助してもらって「苦情申告書(grievance form)」に記入して下さい。信頼できるスタッフや家族、友達は、あなたを援助することができるでしょう。
4.一度、苦情を提出したら、人権委員会からの人と、グループホームやデイプログラムからの人々が問題を解決するために、あなたと会うでしょう。もし、あなたの苦情が、他の人も関係しているならば、彼らは、その人たちとも会うでしょう。彼らが、あなたの苦情について調査した後、彼らは、対策を決定し、それについてあなたと話し合いの場を持ちます。人権委員会の人か、あなたが選んだ人が、あなたを援助するために、州政府発達障害局(Division of Developmental Disabilities)と一緒に働くでしょう。

資料3Johnさんのトイレトレーニングのための絵カード

Turn on light(電気をつける)
Jon enters the Men's Room(ジョンは、男子トイレに入る)
Pull Pants Down(パンツを下げる)
Sit on Toilet(便器に座る)
Pull pants up(パンツを上げる)
Flushes toilet(水洗を流す)
Wash hands with soap(石鹸で手を洗う)
Dry Hands(手を拭く)
Exits the bathroom(バスルームを出る)
Turn lights off(電気を消す)
GREAT JOB JONATHAN!!!(ジョナサンよくできました!!!)

資料4強度行動障害者Donさんの行動障害の頻度のグラフ('92~'97)

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