知的障害者虐待事件~施設は加害者か?それとも被害者か?~

(2004年12月執筆)

虐待は、あってはならないことである。しかし、私は、記事になった施設は、ある意味、被害者ではないかと思う。
記事の施設は、福岡県内で唯一の「強度行動障害特別処遇事業」を受託した施設である。入所定員が34名と中途半端な数字なのは、普通の入所定員30名に、別枠で4名の「強度行動障害」の人を受け入れる枠があるからである。知的障害者には、様々なタイプがあり、それらのタイプの中でも、「行動障害」を持つ人たちの多くは、手厚い介助や見守りを必要とする。行動障害を持つ人の中でも、とりわけ、「強度行動障害」がある人については、マンツーマンでは対応が困難であり、1人の人に2人、ないしは3人の職員が対応しなければ、日常生活を営むことができない人や、あるいは、道路への飛び出しなどがあり命の危険すらある人もいる。
一般的な入所更生施設の支援員の定数は、入居者4.3人に1人である。30名定員の場合は、換算するとわずか7人である。記事の施設の場合、それに、「強度行動障害特別処遇事業」による職員加算が3名付き、合計10名である。今から6年前に開設したこの施設が、「強度行動障害特別処遇事業」を受託した施設として、他の入所施設から、「おたくのお子さんは、行動障害があるから、うちでは、受け入れられません」と断られた人たちが、「この施設なら預かってくれるだろう」と大きな期待を持って、入所申込みをしたことは容易に想像できる。そして、その結果、県内外から、最も障害の重い人たちが、この施設に集まって来ることになった。
おそらく、職員は、福祉系の大学や短大、専門学校を卒業した福祉のスペシャリストがほとんどだったろうと思う。施設開設当初は、職員の人たちは、夢と理想に燃えて、学校で学んだ福祉を実践しようと、相手と信頼関係を築こうと努め、相手の欲求を理解しようと努め、受容を基本とした対応をしてきたに違いない。しかし、思いとは裏腹に、毎日の実践の中で、他の入居者への危険回避のために、職員自らが他の利用者の盾となり、利用者から噛みつかれ、叩かれ、蹴られ、身体中傷やアザだらけになったことだろう。また、一般の入所施設であれば、軽度の人が重度の人のお世話をし、宿直者2人で全入所者のお世話をすることも可能だが、この施設の場合は、夕食介助、入浴介助、就寝介助など、24時間の支援が必要であり、スタッフは、早出、遅出などの時差出勤、職員の数が少ないことにより、宿直ローテーションが回ってくるのが早く、職員は、自らの生活リズムを作ることもできず、へとへとになりながら仕事をしていたに違いない。また、こんなハードな職場では、身体が持たないと辞めていく職員も多かっただろう。そのことは、常に新人ばかりで、実践が深まり発展していかないという悪循環を生む。
私は、1年前のサンガーデン鞍手の開設当初がそうであったから、それらの光景を思い浮かべると、いたたまれない気がする。世間の人たちは、知的障害者というと、NHK教育の福祉番組のルポで紹介される知的障害者や、ドラマに出てくる知的障害者など、どちらかというと落ち着いていて愛嬌のある人を想像すると思う。私は、強度行動障害のある人たちがテレビに登場したのを見たことがない。おそらく、世間一般の人たちは、強度行動障害のある人といってもイメージがわかないと思う。
サンガーデン鞍手も、入所申込にあたっては、原則として3つの条件のうち少なくとも1つが当てはまらないと受け入れないという基準を設けた。1つは、行動障害があり、大声を出したり、物を壊したりして、自宅で生活すると近所に迷惑をかけたりして、地域生活が困難な人、2つめが、徘徊癖や無断外出があり、常時家族が目を離せない人、3つめが、睡眠障害があり、自宅で生活すると、家族が寝られず、家族の社会生活が難しくなる人である。その結果、30人中25人に行動障害があり、19人が自閉症であり、11人がパニック行動がある人たちで占められた。したがって、サンガーデン鞍手の開設時も、スタッフの仕事は壮絶であった。当法人では、35項目の行動規範という決まりがあるので、虐待や暴力は、一切ないと確信している。しかし、逆に、利用者によるスタッフへの暴力は、開設からしばらくの間は日常茶飯事で、スタッフは、毎日のように外科通いだった。スタッフは、利用者の暴力を本人のストレスの意思表示と受けとめた。暴力という意思表示をしなくてもすむような、本人が満足する生活環境を作ろうと努力した。暴力を含め、スタッフは、すべてを受容した結果、利用者とスタッフの間には信頼関係が生まれ、利用者は、施設に自分の居場所を見いだし、今では、ほとんど暴力もパニックもなくなった。
私は、虐待の根本的原因は、個人の自覚の問題やモラルの問題、専門知識の欠如の問題ではないと思う。障害者を含め、様々な人権問題が叫ばれる中で、虐待がいけないことがわからない人はいないだろう。
では、虐待の根本的原因は、どこにあるのか。結論から言うと、私は、貧困な福祉施策にあると思う。知的障害者入所更生施設は、重度の知的障害者とその家族の生活を支える施設である。しかし、マンツーマン以上の人員配置が必要な行動障害のある人は、現在の4.3人に1人という職員配置基準では、受け入れることが困難である。したがって、行動障害のある人たちの行き場がなくなる。
一方、記事の施設の「強度行動障害特別処遇事業」の利用定員は、4名である。極端に言えば、この施設においても、34名中30名は、4.3人に1人の対応で可能な、支援の必要度の低い知的障害者を受け入れても構わないのである。にもかかわらず、この施設は、行き場のなかった行動障害のある人たちを積極的に受け入れた。そういった意味では、この施設の姿勢は素晴らしいと思うし、受け入れてくれた施設長を、「救いの神様」、「どの施設にも入れず、心中を考えていたとき、迎え入れてくれた。文句など言えない」と言うのももっともなことなのである。福岡県内の知的障害者入所更生施設の数は63施設、入所者数が3721人である。(平成14年12月1日現在)そのうち、施設を最も必要とする強度行動障害の人を受け入れる施設は県内1ヶ所、定員わずか4人なのである。強度行動障害特別処遇事業には、2名の指導員と1名の心理療法士の配置が義務づけられている。ほぼマンツーマンに近い体制がとれるのである。例えば県内の63施設すべてが、この事業を受託すれば、250名以上の行動障害の人たちが、マンツーマンの環境の中で、自分のペースで生活することが可能なのである。しかし現実には、この事業は、国からすればお金がかかり過ぎ、施設側からすれば「手のかかる人」を受け入れなければならない、という双方の事情から、実施している施設は、全国で33ヶ所(平成14年12月1日現在)と、47都道府県の数よりも少ないのが実情である。
結局、これらのしわ寄せが、今回の記事となったことの背景にあるのではないかと思う。