Essay

エッセイ

少しずつ姿を見せる「隠れていたカ」や「忍耐」

 

 立春を過ぎたとはいえ、まだまだ寒い如月の日々。にこやかな笑顔の学生たちですが、ちょっと、顔色悪いなあ、なんかくしゃみが続くなあと、検温してみると発熱していたなんてことも珍しくありません。この時期の昼夜の温度差には、私たちでも身体がついていきませんから、もっとデリケートな方は大変です。体調のすぐれぬ時、頭がもやもやした時は、イライラしてくるのは自然なことでしょう。

 

 さて、Aさんも先日、微熱でゆたかカレッジ近くの病院で受診しました。その前後、確かに普段より感情の起伏が大きく、他の方とのトラブルがありました。

 

 けれども、彼が入学した頃は、平時でもすぐにイライラし、クールダウンのために一日静養室で過ごすことも、ままありました。支援教員の話を聞くこともできず、大声で歌いまくり、疲れて寝て・・・。その繰り返しでやっと落ち着いた当時。しかし、今は熱がある時でも、その起伏はなだらかになってきました。また、他の学生とのトラブルの頻度も内容も小さくなっています。

 

 そして、何よりも成長したと思うのは、支援教員の話をとにかく聞くことができるようになったことです。確かに、すべてを理解し、受け入れているわけではありません。心の奥底の不満も見え隠れします。しかし、かつてのようにすべてをはねつけて自分の世界に引きこもることはなくなってきています。

 

 支援教員が話があるというと、素直に話を聞いていますし、話の中で自分の非に気がつくと、謝ることも見受けられるようになりました。そして帰りには笑顔で、「明日も頑張ります」と言ってくれます。

 

 いろいろあるけれど、ゆたかカレッジでの生活で、彼の中の隠れていたカや忍耐も少しづつ姿を見せつつあるのかもしれません。

 

 如月過ぎて弥生になる頃、野辺や河原には新しい息吹が見受けられます。どこか近場で土筆でもないかな、そうすればみんなで土筆摘みに行けるのになあと思いながら。

 

(NY)