Qualification acquisition support

各大学視察報告

ダブリン大学

2017年5月1日、アイルランドの首都ダブリンにあるダブリン大学(トリニティカレッジダブリン)を視察した。

第1節 トリニティカレッジにおける知的障害者履修コースの成り立ち

トリニティカレッジダブリンでは、知的障害者履修コースで知的障害学生を受け入れている。知的障害者履修コースの開設は2005年である。アメリカでは2008年から知的障害学生を受け入れているが、それよりも早く、ヨーロッパでは最も早い受け入れである。

開設当初は、知的障害者を大学に受け入れる上での展開の予測がつかなかったため、まずはパイロット事業としてスタートした。初年度は学生数19人で6か月のコースであった。その6か月間で大きな成果が認められたため、翌2006年からは2年間コースで実施することになった。

運営上で難しかったのが、同コースを存続させるための資金調達であった。偶然にもその年にアイルランドでスペシャルオリンピックスがあり、ダブリン市民にトリニティカレッジの取り組みをPRした結果、市民の協力を得ることができたのである。

知的障害者履修コースの開設は、それぞれ知的障害のある子がいるダブリン大学の2人の教授が、その子らが18歳になるときに、なんとか大学に行かせたいと学内の学生サポートセンターに相談したことがきっかけだった。すなわち、大学が知的障害者のための履修コースをつくり推進したというより、親の「子どもを大学に行かせたい」という強い願いが力となって開設されたのである。

2006年に無料でスタートした同コースは、10年が経過して学生数の増加に伴い支援の額も不足するようになった。さらに2008年からは国の援助も減少した。開設当初は、国からの援助はまったくなかった。アイルランドには、さまざまなプログラムに対して資金を提供する寄付団体が存在する。また、知的障害者の高等教育保障という趣旨に賛同した有名人や渡米した人、あるいは企業やボランティアからの寄付などによって資金を調達した。

第2節 トリニティカレッジにおける知的障害者履修コースの位置づけ

知的障害者の履修コースは2006年から10年間、大学の社会学部に属していたが、2015年からは教育学部に変わった。

また設立後の10年間、学生に卒業証書は出していたが、学位は認められていなかった。そのため卒業後の進路選択などで、大学を卒業しているが学位は高卒となって問題が生じていた。

アイルランドでは教育のレベルが10段階に分かれ、10が博士、9が修士などと国が定めている。学位の問題は、国が定めた段階のどこにこのコース修了者を位置づけるかということであった。このコースの位置づけに関しては、今後も引き続き検討していくが、大学では、学生たちが学ぶときに段階を上げてさらに先に進んでいけるコースをつくりたいと考えている。

この大学は有名大学であるため、知的障害者を受け入れるにあたり、学内においてもこのコースに対する批判や偏見があった。しかし、学生の成長などを通じて学内でこのコースの教育上の価値が次第に認められ、偏見も薄らいでいった。

 現在は、10段階のレベルの5段階で落ち着いている。また、トリニティカレッジの正式な1つのコースとして認められているためある程度の権威もあり、誇りをもって取り組んでいる。入学も以前より厳しくなっている。

あるとき、アメリカのThink Collegeで教育コーディネーターをしているDebra Hartが来たことがあった。それからは教育に重点を置くようになり、コースの名前も変わった。そして現在では、研究者がその場にいてリサーチすることが重要とされてきている。

第3節 トリニティカレッジにおける教育の内容

知的障害者の履修コースは、2年間で大学の学びを提供するだけでなく、社会に出るための移行をサポートしている。不況のため仕事に就くことが困難ななかにあっても就職できるスキルを育てるのが、このコースの目的である。

このカレッジにはInclusive Education & Society(包括的教育・社会)のマネージャー、障害者教育の専門家、作業療法士、キャリアサポーター、スクールカウンセラー、PR担当者、事務職員などがいる。作業療法士は1人ひとりのニーズに合わせたプログラムを組む役割を担っている。キャリアサポーターは企業と学生をつなぐ重要な役割を担っている。スクールカウンセラーは1対1でメンタルな相談に応じることのできるスキルをもっている。

授業は火曜日から金曜日まで、前期と後期に分けて実施している。一般学生は試験があるが、このコースの学生に試験はない。カレッジライフはインクルージョンを重視しており、一般学生との関わり、接点があるようにしている。就労については、就労に向けた努力はするが、仕事の保障はしていない。

費用は年間3,000ユーロ(約37万円)で、親にとってはかなり負担が大きいため、学ぶ意欲があり経済的に困っている学生には援助がある。

必須科目は22科目ある。1年目の前期は一般教養的な内容で、後期は実務的なもの、危機管理、作業療法などである。

2年目の前期は必須科目と選択科目に分かれている。内容は、起業や障害者の権利についての科目、就労に向けた移行準備等である。後期は、市場調査などコースそのものが実習と一体となっていて、学んだことが実感できるようになっている。また職場実習も行っている。

学生は、6つの視点で評価している。レポートに対する評価、授業における本人の状況をもとにした評価、グループでの活動に対する評価、プレゼンテーションに対する評価、試験による評価、ポートフォリオ(教育評価)にもとづいた評価である。最初は、履修できる授業が教育学部の単位を取れるものに限定されていたが、現在は自由な選択が認められるようになった。そのため学生の評価が厳しくなった。

このコースでは、総合評価が39点以下だと不合格となる。不合格にならないために学内で行っているシステムとして、カウンセリングサービスがある。学生自身がそこに行って相談することも、トレーニングを積んだ学生に話を聞いてもらうこともできる。

ユニークなのは、チューターシステムがあることである。このコースでは、個人的アドバイスや生活に関する支援などを行うシステムを導入している。チューターシステムの役割は、学生が何をすべきか、何をすべきでないかを明確にすることである。また以前、保護者の期待と大学側の取り組みのずれが大きいことがあったが、こうしたことに関して理解を得ることも重要な役割である。

個々のチューターの役割は、課題のサポート、カレッジライフのサポート、授業で視覚的なものを準備して理解を助けること、学生の権利のサポート、自立のサポート、自立を促す指導などである。

具体的には、通学時にサポートをしたり、三者面談を実施したりしている。三者面談は学生を1人の大人として尊重し、一般学生と同じように学生のリクエストに応じて設定している。そのため、保護者からの一方的な問い合わせに直接応じるようなことはしない。

カレッジが期待するのは、人として勉強するようになること、人と学ぶことである。学生のなかには発達障害、LD、ADHDの学生もいる。このコースに来ている学生の能力は、国が定めた1〜10のランクで、およそ3というところである。年齢層は、開設当初の19〜45歳から現在の20〜35歳へと、年々若くなってきている。

7月と8月が大学の年度間の休みである。その約2か月の過ごし方は学生によってさまざまである。大学は関与しないが、大学の施設は自由に使えるようにしている。大学側は、休み中は学生同士が会うことを促している。

知的障害のある学生たちは、一般学生といっしょに授業を受けることはないが、スポーツやレクリエーションをいっしょのグループで行うなどしている。一部の学生は、サポートを受けながら一般学生と同じ授業を受けている。

通常は大学のキャンパスの近くの教室をベースとして授業をしているが、キャンパス内の教室でも授業を行っている。2006年にこのコースを始めた頃はほとんどの授業を大学の外の教室で行っていたが、最近はほとんどキャンパス内である。キャンパスに出て行くことはとても大切なことである。

1学年の人数は2017年現在6人である。人数的には15人までと考えている。以前は1クラス20人、2学年38人で取り組んだことがあるが、人数が多すぎて質を保つことができなかったため減らした。

授業は教育学部の教員が行う。チューターは授業とはまったく関係のない人がついている。問題が起きたらカレッジのチューターに連絡がある。チューターはそれをどうすればいいかの橋渡しをするのである。

このコースの存在や学生のことについては、大学スタッフにも一般学生にもあまり知られていない現状がある。学生数は約17,000人である。あるとき大学の学生新聞がこのコースの特集を組んだ。驚いたことに、読んだ人のほとんどがこのコースのことを知らなかった。コースのスタッフたちは逆にそのことに驚いたという。

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