Qualification acquisition support

各大学視察報告

コンプルテンセ大学

第1節 コンプルテンセ大学における知的障害者の受け入れ

2019年2月14日、ヨーロッパ視察の最初の訪問先としてスペイン・マドリードのコンプルテンセ大学を視察した。ここでは、EstebanSanshezMoreno学長代理とMiguel教授に話を聞いた。

1 ヨーロッパ諸国の障害学生受け入れの状況

ヨーロッパ諸国では10年前から、大学は定員の5%の障害学生を受け入れなければならないことが法律で決められている。スペイン以外では、イタリア、ポルトガル、ドイツ、スウエーデン、ノルウェー、フィンランドなども同様に規定されている。なお、これは努力目標であり特にペナルティーはない。

国からの障害学生に対する支援には、次のようなものがある。まず、一般学生は1年次の履修科目として10科目が義務づけられているのに対し、障害学生にこの義務はなく、必ずしも10科目履修する必要はない。なかには3〜4科目しか履修していない学生もいる。また、学費の一部を補助金として障害学生本人に支給している。

2 スペインの大学における障害学生の受け入れ状況

スペインの大学では、オフィシャルのアカデミックな授業ではなく、障害学生を受け入れるための特別なコースを設定し、そこで障害学生に学ぶ機会を提供するスタイルが始まっている。

またスペインでは、多くの大学で知的障害学生を支援している。知的障害者を受け入れている大学はしっかりと内部整備をした上でプログラムを実施している。通常のアカデミックなコースとは異なるコースを提供するためには、学内での十分な調整が必要になる。

そこで、学内調整を推進するためのシステムがとてもよくできていて、OECDという組織がサポートをしている。もともとは視覚障害者の支援から始まった組織だが、今日ではすべての障害に対応している。また、OECDは障害者を大学が受け入れるための経済的支援も行っている。

障害学生たちが学ぶプログラムは、大学によって内容が異なる。それらは大学の通常のアカデミックなコースとは別に設定されている訓練コースである。似たようなコースを提供している大学が多いが、コンプルテンセ大学では「コミュニティースキル」と「自立に向けたスキルを習得するための新しいコース」を知的障害者に提供している。

3 障害学生支援センターの役割

障害学生支援センターでは、初めに障害学生と面接し、その学生の障害情報を収集するとともに、どの程度のどのような支援が必要かなどについて確認する。ディスレクシア(難読症)やアスペルガーの学生は、医師等による証明書を持参することになっている。

次に、当該学生のニーズの把握を行う。センターでは、把握した本人のニーズなどを大学の担当教員に伝えている。

また、担当教員へのガイダンスも行っている。ガイダンスは、教員たちが学生の障害を把握して支援するためのもので、教員たちは学生についての情報をこの機会に知ることができる。

聴覚障害のある学生に対する通訳の支援なども、センターが行っている。そのため、特別なITコミュニケーションができるよう、センターにはさまざまなIT機器も備えてある。

この大学では8万人の学生中、入学時に障害告知した学生が1,000人で、470人が支援センターを利用している。この470人のなかには知的障害学生も大勢含まれている。自閉スペクトラム症の学生もいる。また、アスペルガーなど人間関係の構築が困難な学生の支援も行っている。

なお、マドリードにある70の大学のうち、4大学に支援センターが設置されている。その4大学のなかで、コンプルテンセ大学のセンターが最も大きい支援センターである。スタッフは10人だが決して十分ではなく、人数が不足していると感じている。

各大学の支援センタースタッフは、6か月から1年ごとに集まって意見交換をしている。

4 メンターシステム

センターでは、障害がある学生のメンターシステムの運営も行っている。メンターを希望する一般学生がセンターに登録している。メンターの役割には、車いすの学生の支援、授業で習ったことの復習の支援などがある。

メンターをした学生には、金銭による対価ではなく、単位が加算される。メンターの活動で一番人気があるのは授業のノートテイクである。試験前に授業内容を教えるメンターも人気がある。

なお、メンターになるためには3日間のトレーニングを受ける必要がある。メンターへの指導もセンターで行っている。外部の専門機関(NGO)にトレーニングを依頼することもある。

メンターは大学外でも支援をしている。学外でのメンター活動の場合は、授業料から1回あたり20ユーロ(約240円)が免除される。

5 コンプルテンセ大学の知的障害学生クラスの状況

コンプルテンセ大学の障害学生クラスは4学期制で、30人が在籍している。在籍生は全員知的障害学生である。また2019年現在、他大学と異なるプログラムとして、新たに2学期制で2年間の、アカデミックというより実践的なコースを開発中である。

障害学生は全員自宅から通学している。知的障害の学生は「認知アクセスプログラム」と呼ばれる、通学途中に迷わずに移動できるようになるための移動訓練プログラムを利用している。これは支援つきで通学するものである。このプログラムを利用しながら、障害学生の多くは公共交通機関で通学している。

なお、このコースでは、卒業時に学士号を取ることはできない。

入学の選考に試験はなく、面接を行っている。そこでは、入学しても精神的に不安定になっていかないかなどについて注意深く観察している。

6 障害学生の学費と就職状況

30人の学生に対して教員は8人から12人である。

1年次は一般的な学習を行うため、授業者が大学の教授ではないときもある。2年次は専門的な学習になるため大学教授が教えている。学生の自立につながるよう看護師や社会福祉士なども授業を担当している。

コミュケーションを教える際、学内のラジオ局を使って話のトレーニングなどを行っている。これはまだ試行的段階である。他大学とは違ったプログラムを試行錯誤しながら開発しているところである。

知的障害学生の学費は無料であり、費用は大学が負担している。

このプログラムは始まったばかりのため、このコースを利用した卒業生はまだ出ていない。よって就職のデータはまだない。

第2節 マドリード自治大学における知的障害者の受け入れ

2019年2月15日、ヨーロッパ視察の2番目の視察先として、スペイン・マドリードのマドリード自治大学を訪問した。ここでは、マヌエル・アルバロ博士・学部長、ベアトリス博士、マンゲーダ国際化担当副学長、エングラシア・アルタ博士、イエス・マンソ博士(プロメンタープログラム助教)らから話を聞いた。

1 プロメンタープログラムの概要

プロメンタープログラムは、主にダウン症のある子どもたちが通っている小学校で始められたプログラムを、この大学に導入することにより始まった。大学でこのプログラムを受講する学生の障害にはダウン症のほか、知的障害、自閉スペクトラム症なども含まれる。

プロメンタープログラムは、ヨーロッパでは非常に画期的なプログラムである。この大学で始まったものだが、すでにスペインはもちろんルーマニア、イタリアの3か国で導入されている。今後は、導入大学間で学生たちの単位互換が可能となるようにしたいという。さらに、プログラムを卒業した学生がほかの国に行って、そこの子どもたちを支援するようになることを願っている。

このプログラムは、「プロデス基金」という大きな団体の傘下のプロジェクトの1つで、ダウン症や障害のある学生たちが大学へ進学できるように手助けをするプログラムでもある。基本は、インクルーシブの枠組みとして取り組んでいる。

プログラムは2005年にスタートした。その後13年間の間にプログラムの内容も変化していった。2018年に120単位が認められるようになった。おおむね1年に60単位という設定のため、大学の2年分に該当する。

1学年定員15人がこのプログラムで学んでいる。2016年にはすでに161人の学生がこのプログラムを受講した。

 なお、スペイン各地の大学がプロメンタープログラムに興味を示している。視覚障害のある人を対象としたプログラムには、17の大学が興味を示している。

2 プロメンタープログラムの内容

プロメンタープログラムでは1年次と2年次に、主に人間関係に焦点を当てたコミュニケーシンスキルを学ぶ。

1年次には基礎理論を学び、2年次にそれを実践するという流れになっている。たとえば病院などいろいろなところに行って実践するプログラムが、2年次には組まれている。2年間のさまざまな活動を通して、アカデミックな部分だけでなく、さまざまな現場での体験学習を実践するのである。また他大学の学生との交換留学にも取り組んでいる。

なお、コースそのものは2年だが、その後に1年継続もできるシステムになっている。そのため全員が3年目に進んでいて、3年目で就職活動支援を行っている。

この3年次には、「プロデス基金」の関連企業などで実習できることが約束されている。座学ではなく、実際に病院などに行って就労体験をするのである。

3 プログラム参加学生の卒業後

3年間のプログラムを終了して卒業した学生は、95%が就職している。この事実からすると、このプログラムは見事に成功しているといっていいだろう。

自力通勤が困難だったある卒業生は、最初こそ支援者がいっしょに通勤していたが、支援の比率がだんだん少なくなり、最終的には1人で通勤できるようなった。

卒業生の就職先の職種は事務関係が多い。学校やショップなどで働いている人もいる。

4 プログラムの運営費

プログラムの運営費は、「プロデス基金」により賄われている。この大学は市立大学であるから、市からの援助金もある。

障害学生の学費は、15人中13人が一般の学費とは比較にならないほどの少額を負担している。残る2人の学生は奨学金を受けている。「プロデス基金」が学生各自の家庭環境を調査し、その結果をふまえて負担額を決めている。

5 入学選抜

大学の入学選抜は、毎年約400人が応募し、そのなかから試験を通して定員の15人に絞り込まれる。プロメンタープログラムは個人に焦点をあてたプログラムであるため、15人しか受け入れられないのである。

選考基準の1つは、キャンパスに1人で来られることである。これは、途中で通学支援がなくなって大学に通学できなくなり、プログラムを中退することがないようにするためである。

選抜試験の方法は、400人の応募者とその家族との個別面接である。プログラムを成功させるために家族の協力が不可欠なため、家族とも会う必要がある。

6 実際の授業

プロメンタープログラムは、4つエリアに分かれて授業が行われている。

Aエリアでは、iPadを使用して情動についての教育を行っていた。学生たちが読んでいるのは、教員が作成したプログラムである。情動や心の動きについて勉強するのは、他者とのコミュニケーションを行う際、喜怒哀楽など表面からは見えない心の部分が非常に大切だからである。

Bエリアの学生たちは、ヨーロッパ市民ということについて勉強していた。学生たちのなかにはトルコやフランスから来た人などもいるため、それぞれの情報を共有しながらヨーロッパ各地のことを勉強している。授業には、トルコ出身のボランティア学生も加わっていっしょに学習している。

学生たちに「どんなことを目標にこの大学に入ったのか」という質問を投げかけた。

Aさんは「よりよい人間になるために、また友達をつくるために大学に通って学んでいます。2年生はあと5か月でこのクラスが終わります。その後は、マスタークラスに行って仕事をします」と答えている。

Bさんは「数学の勉強をしています。ユーロからほかの紙幣に換算する数学の勉強を、ゲーム形式でやっています。このソフトはとても高額なものです。このプログラムはこの大学の先生によって開発されたオリジナルです。外貨の交換や、おつりをいくらわたすかなど難しい授業をしています」との答えであった。

教育学部のCさんは「教育実習中です。将来ここの先生になりたいです。いま卒論の発表の前段階なので、情報収集とどんなふうにまとめるかをここでやっています。トレーニングを毎週していて、それが早くできると、先生がいろいろなところを直してくださいます。今週やったことをもとに、それをどうしたら改善できるかということを出し合い、来週に改善策を話し合うことになっています」と話していた。

それぞれの学生は、自分でテーマを決めて研究し、卒業論文を書いていた。そこで「何をテーマに研究しているのか」を質問した。それぞれ次のような回答であった。

先のCさん:「インクルーシブ文化というのがメインテーマで、美術館においていろいろな能力が違う人をどのようにして呼び込むかという内容について研究しています」

Dさん:「多様な価値観について研究しています。自分の価値観、ここに来ていることの価値について卒論を書いています」

Eさん:「いろいろな段階において、どのようにして仕事を探して行くかというのが卒論のテーマです」

Fさん:「会社において、どのような感情をもって仕事をするかという、仕事におけるエンパシーのことが卒論のテーマです」

各学生とも、しっかりとしたテーマで研究していることがうかがえた。次に、将来就きたい仕事について質問した。

Aさんは「レストランで働きたいです。クッキングが好きだからです」と、Bさんは「サマーキャンプなどのスーパーバイザーの仕事をしてみたいです」と、それぞれ答えていた。

2年生になると卒論と職業訓練が両輪になり、学生たちは非常に忙しくなるという。

このプログラムが始まった当初、それが大学のなかで認知されるのが非常に大変であったようだ。教員たちが、知的障害者にどうやって教えていけばいいか分からなかったからである。そこで、「自分は教えてもよい」というボランティアの教員約10人で教えていた。その後、支援する教員のトレーニングも、この大学のプログラムで行うようになった。

3年間のプログラムを経て卒業した人たちも、年に何度か大学に来て交流している。卒業生と大学との関係が切れることがないように配慮している、とのことであった。

7 リサーチグループの活動

リサーチグループでは、2人の教員が中心になってプロメンタプログラムのシラバス(計画)を作成している。これに対しては、大学の評価期間によるバリデーション(評価検証)がある。シラバスを作成するにあたり、同じスペイン語圏のチリとアルゼンチンの大学に視察調査にも行っている。

リサーチグループは15人の研究メンバーで構成されている。実際に関わっている教員のほか、学生も参加している。

学生の卒業後の就職のためにも、企業の人たちにインクルーシブの教育を理解してもらうためにも、企業に対して支援することが必要である。また就職のために自信をつけるだけではなく、ティーチングのバリエーションも広げて、社会全体を通したすべての分野で自信がつけられるようにも留意している。

また、スペイン語圏のチリとエクアドルの大学とで共同研究を実施した。卒業後の就職先での追跡調査である。

それによると、卒業生173人のうち、75%は普通の企業に就職しているが、25%は福祉作業所で支援を受けながら働いていた。職種は、事務的なアシスタントが多い。調査方法は、52人の卒業生とその就職先の会社への聞き取りである。就職してから1回だけではなく、段階を経て継続的にリサーチを行っている。その結果、彼らが特に優位だったことは「責任」「意欲」「スキル」の3つであった。

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