Qualification acquisition support

各大学視察報告

サクロ・クオーレ・カトリック大学

第1節 障害者を取り巻くイタリアの歴史

イタリアでは1970年代まで、障害のある子どもはほかの子どもとは違うと見られていた。そのため医学的背景からのサポートや収容などの医学的アプローチはあっても、社会的なサポートは皆無であった。

障害児の多くは特別支援学校に行っていた。1980年代になって、文化的・社会的変革があり、障害があっても特別なことではないという考え方から社会が多様化し、障害に対して開放的なとらえ方に変わってきた。

精神障害者を収容していた精神病棟はこの時期、1978年には完全閉鎖された。一方、特別支援学校も数百校あったものが、わずか24校に減少した。2019年現在、特別支援学校に通っている生徒たちは、医療的ケアの必要な最重度の身体・知的障害者のみである。

インクルーシブ教育は1971年に始まり、1977年までの間に特別の補助教員に対する教育もスタートした。このようにして、イタリアでは1970年代からインクルーシブ教育がスタートしたのである。とはいえ70年代当時は社会が成長しておらず、障害者を普通学校で受け入れることにはさまざまな障壁があった。

1990年代に入ると、社会は統合のアプローチになって、社会のなかで障害者も完全に統合されるようになった。そして1992年の法律改正で、障害者が大学で学ぶ権利が保障された。そのほか、福祉サービス事業所から大学に通う権利、地域のレジャータイムに参加できる権利、学校内でアシスタントを正式な教員として認められる権利、障害者の就職の権利、親も国から援助を受けることができる権利などが拡充されていった。

1990年代までは医学モデルであったが、2000年からはインクルージョンというアプローチが導入され、社会モデルへとシフトしていった。これは、身体上どんなに違いがあってもみな同じという概念である。教育においても、どんな特別な教育的ニーズに対しても必ず学校の教員はしっかりと対応しなければならない、ということである。学習、社会性、就職、ライフスキルなどのあらゆる権利をまとめてインクルージョンのなかで達成することが保障されているのである。

イタリアの子どもたちは、小さい頃から障害のある子どもといっしょに教育を受けている。このことはその健常の子どもの人生にとってとても大きな意味があり、障害児とともに育ちともに過ごすと、障害に対する差別や偏見がなくなるのだという。

第2節 サクロ・クオーレ・カトリック大学における知的障害者の受け入れ

サクロ・クオーレ・カトリック大学は、1910年に開学されたとても歴史のある大学である。学生数は3万人で、そのうち障害者が1,388人である。障害学生の多くは身体障害、視覚障害、聴覚障害、精神障害である。また難読症(ディスレクシア)、学習障害(LD)などのほか、知的障害者も10人ほど在籍している。

知的障害学生の知能指数はおおむね70以下である。知的障害の証明が出されるのがIQ70以下であり、70から80のボーダーラインの人には証明は出されない。学生のなかには、ボーダーラインの学生がたくさんいるということである。

大学入試では、障害がある受験生に対して時間の延長、コンピュータの使用、口頭での回答などの合理的配慮を行っている。しかし、試験内容の難易度を下げることはしていない。

障害学生の所属は、教育学部が一番多い。ほかには経済学部、文学部、社会学部などに所属している。なお、知的障害学生が所属するのはほとんどが教育学部である。

障害学生を受け入れるにあたり、大学は個人の障害や成長に合わせたプログラムを組まなければならないことになっている。それらのプログラムには次の3つの柱がある。1つは教育的支援、2つめが自尊感情を高める支援、3つめが自己肯定感を高める支援である。

障害学生は、学費が一般学生よりも安く設定されている。保護者の収入によっても異なるが、おおむね1年間で5,000ユーロ(約61万円)である。

学内の障害学生に対しては、一般学生がマンツーマンで移動支援やノートテイキングなどのサポートを行っている。サポート学生には国から、1か月の支援費として430ユーロ(約5.3万円)が支給される。

卒業試験で知的障害学生が特別に配慮されることはない。そのため、卒業することは非常に難しいようだ。したがって、卒業できない場合は大学中退という形を取ることになるという。