Qualification acquisition support

各大学視察報告

北オレンジ郡コミュニティカレッジ

北オレンジ郡コミュニティカレッジ学長のBob Simpton(ボブシンプトン)氏は、私たちのインタビューに答えて要旨次のように説明した。

●障害のある学生がキャンパスに存在してよい

「コミュニティカレッジ」は、もともと「ジュニアカレッジ」(短大)といわれていた。「ジュニアカレッジ」は2年間で、終了後に4年制大学に進むための準備をするところだった。社会が変わっていくなかで、4年制大学に進むのではなく、地域(コミュニティ)の幅広いニーズに沿った教育を手軽に提供するようになり、名前も「コミュニティカレッジ」へと変わってきた。カレッジの位置づけの変化に伴い、自分たちが提供する内容も変わってきた。

そしてその使命は、単にアカデミックなものだけを提供するにとどまらないことに気づいた。4年制大学に進むためのスキルを身につけるということから、大学進学のスキルや就職のためのさまざまな社会的スキルを身につけること、さらに学位を取る以外に個人の成長や興味にもとづく生涯学習や大人が新たに大学で学ぶニーズも出てきた。

長年の間に、私たちの使命あるいは教育のコンセプトは大きく拡張した。そこで認識したのは、大学としてもっと幅広い義務が発生してきたということだ。

特にコミュニティに対しては、さまざまな分野で対応しなければならない。コミュニティのメンバーがどのような背景をもっているか、人種的、年齢的あるいは経済的、宗教的、そして障害の有無にかかわらず、本人の個々の能力を高めるための学びを提供しなければならない、という認識だ。そのために、自分たちが与える立場で学生の目標を決めていくのではなく、学生自身が目標を決めるようにしてきた。

障害のある学生はキャンパスに存在すべきか否か。当然、存在していい。大学が提供するなかから学生たちが障害の程度にかかわらず恩恵を受けることができるならば、キャンパスにいるべきだ。コミュニティのメンバー、学生のすべてのニーズを満たしていくという使命を再認識した現在、重度の障害がある人たちに対しても同じコミュニティメンバーとして機会を与えるべきだ。

もちろん、障害のある学生のすべてがここで学位を取ったり4年制の大学に編入できたりするとは限らない。ある学生にとっては、特定の仕事や能力については不適当かもしれない。しかしそれは障害の有無にかかわらず、その仕事ができないとか希望する何かができるかは、この段階では決まっていない。

障害がある学生がキャンパスにいることの恩恵の1つは、私たちのアカデミックな活動の強化につながることだ。たとえば自分が自分と同じような人間とだけつき合っていたら、自分と同じような視点でしか学ぶことができない。本科の学生たちが障害のある学生と交流することによって、より大きなファミリーとして多くのことを学ぶことができる。

私は学長として、学生がどれだけ高いところにのぼり詰めたかよりも、それぞれが精一杯取り組んだいろいろなことを、数多くみんなで祝える場にしたいと考えている。

私たちの大学は、知的障害者を40年前から受け入れている。当時、それまで作業所でしていたことを、もっと勉強したいとキャンパスで1つずつ増やしていくことから始まった。

15年ほど前でも賛否両論があり、子ども時代から身近に障害者がいなかった人たちは、キャンパスに障害者がいることに驚いていたようだ。

あるときキャンパスの祭りのダンスパーティで、自分のクラスの障害のある学生が真ん中で踊っているのを見た。もしかしたらいじめにあっているのかと思ったら、みんなといっしょになって踊っているので驚いた覚えがある。こんなに溶け込んでいるのかと……。

現在のアメリカの若い世代は、小さなときからインクルーシブ教育で小中高とずっと知的障害のある子どもが同じ学校にいるので特別視しないし、「大学にも来られるようになったんだ」という程度にしか思っていない。だから友達として普通につき合えるようだ。もう少し上の世代は、だんだん慣れてきているとはいえ、少し障害者に対しての偏見はある。

取り組みを進めていくためには人間関係、人づき合いがとても重要だ。障害者を受け入れるとき、いろいろなところから抵抗があることも理解しておかなければならない。

また、適切なプログラムが必要だ。うまくいくものといかないものをしっかり把握しておかねばならない。大学側にあるいろいろな能力、設備、人材などと障害のある学生の資質能力とが、どこかでマッチするはずだ。

アメリカには法律で、障害のある人たちの教育や生活への支援プログラムがある。教育の現場でも障害のある学生が入って来ると学校に補助金が出て、いろいろな機器や予算などがつく。受け入れに慎重な教授たちも、その学生の入学によって別予算で補助がついたり、身体的な障害のある学生には別の設備がついたりすることで、受け入れやすくなっている。

いきなり知的障害者を受け入れるべきであるといっても、先生たちはなかなか積極的に受け入れようとはしないだろう。関係者を引き込んでいくことなど、周りの環境を整えていくことが重要だ。

私たちはこの教育を誇らしく思っているが、ここに来るのに40年かかった。専門知識などをシェアするなどして、日本ではその期間をもっと短くしてほしい。

強いモチベーションをもって推進していく人たちの存在が初めにあり、それをサポートしていくいろいろなところ、たとえば大学の教師たちや政治家、行政マンなどが加わってくることによって、取り組みは加速度的に進む。

●プログラムの流れ

学校と州政府との共同プログラムのゴールは、障害のある学生たちが仕事を探して、その仕事に持続して従事できるようにすることだ。このプログラムに参加するためには条件がある。18歳以上であること、この地域にあるコミュニティカレッジの1つに在籍していること、認定済みの障害があることだ。

障害のレベルの幅はとても広い。これが一番重要な問題になってくる。プログラムはフリーサイズではなく、全部の学生にはあてはまらない。そこで個別化されたシステムをつくった。

まず、学生がこのプログラムの対象であること、どのような方向で進めるかを確認する。そしてブートキャンプ(軍隊式トレーニング)という特訓コースのようなものがあり、終日の研修が行われる。非常にたくさんの内容を学ばなければならない過酷な研修だ。学生たちには次のように話す。 「この研修が終わってみんなが仕事探しの達人になることは期待していない。ただ、仕事を探すために自分が何をしなければならないか、何に努力を傾けなければならないかを理解できるようになることだ」

1日の集中研修のときに研修項目についてざっと説明し、その後に個々の部分についてもう少し掘り下げて話をする。

ブートキャンプ1日研修が終わると、ワークラボ(仕事演習室)というプログラムに進む。仕事探しに行く前に、リストの分を全部こなさなければならない。

たとえば30秒のコマーシャル。雇用主の「なぜ会社があなたを採用しなければならないのか」という問いに対する答えのようなものだ。また履歴書、カバーレター──履歴書といっしょに出すもので「私はこういう仕事を探していて、御社に合うはずです」というようなもの──の記述や面接のテクニック、地域的な調査などである。

地域的な調査とは、障害がある人たちの職場が家に近くないと、交通機関を利用しなければならず通勤が複雑になるから、できるだけ近場で仕事探しをすることだ。一番いいのはグーグルマップを使うこと。自分の住所付近を調査して、自分が求める仕事を探す。

それらが終わると、仕事に就くために次に何をすべきかを学ぶ。この過程でプログラムのほとんどの時間を費やす。このプログラムは、いま求職しているところや職探しの業者3社と協力しているが、学生たちも自分たちで職探しをしている。スタッフが仕事を探してくるのが50%、学生自身が仕事を探してくるのが40%だ。

学生が自分で仕事を探してくるのが一番の成功だ。というのも、学生たちに「仕事はあくまでも臨時的なもので、常に次の仕事を探せるような準備をしなければならない。人にやってもらうのではなく自分でやらなければならない」と常々いっているからだ。

就活をしている間も、ラボ(演習室)でいろいろなことを継続して学んでいる。たとえば希望の職種を履歴書に記入しなければならないし、面接の練習をしたり実際の職探しをしたりする。私たちは学生たちの就職先がきちんと決まってほしいと願っているが、その成功率は非常に高い。

就職後もそれが長く続くように、学生と就職先の社長や上司とのコミュニケーションを図るようプログラミングしている。仕事を始めてから90日間はいろいろなサポートをする。90日間問題なく仕事ができれば、一応成功したということになる。

90日間のサポートは、誰かが仕事先に行って補助するものではなく、連絡を取って、障害のある学生がそこでうまくやっていけるよう、同僚や上司、マネージャーなどにアドバイスするものだ。90日が終わった時点で雇用主と学生に連絡し、うまくいっているか、今後も支援が必要かを尋ねる。その際、トラブルが続いているからサポートが要るという場合はその後もサポートは続く。時間が来たから終わりということではない。

これでうまくいっていても、昇進したり新しい部署に就いたりするなかでいろいろと問題が起こってくる。そういうときは学生や雇用主が連絡して来て、「状況が変わったのだけれども面倒をみてくれないか」となれば、ケースをもう一度オープンにしてサポートするようにしている。

●自信につながるサポート

私はいつもいっていることがある。愛情の裏返しだが、誰に対しても「仕事をあげる」とはいわない。「仕事というのは自分で勝ち取るものだ」といっている。

私はまず、一番やる気があって仕事がしたいという学生を優先順位のトップにする。やる気のない学生を差別するのではない。やる気のある学生が就職してできちんと仕事をすると、受け入れた企業の自信につながり、もっと障害のある学生を受け入れようという気になってくれるからだ。

もう1つ学生によくいっているのは、いま世間の目はまだ障害のある人の就職を気分よく引き受けてくれるところは少ないし、偏見をもっている人が多いから、「もし君が仕事をきちんとしなかったり問題を起こしたりすると、それが障害のあるほかのすべての人たちが君と同じだと見られる。だから障害者を代表して仕事をしていると肝に銘じてするように」と。

仕事を探すのに一番有効なのはネットワークだ。学生を取り巻いている友人知己などに頼んで就職先がないかを探す。

もう1つは、情けで仕事をもらうのではなく、この学生はこういう価値をもっていて、この職場にこういうことをもたらすというセールスポイントをもっておくことだ。だから「何とか雇ってください」ではなく、そこを強く正直に「この学生はこういう資質があって必ずプラスになるから使ってください」と私たちが代弁したり、あるいはそれを本人がいう。

また障害のある人は、これまで人より下に見られて自信がない人が多い。どうしても引っ込み思案で「自分はこれができます」といわない。だから自信がもてるように本人の気持ちを切り替えて、「これができます」といえるよう変えていくこともしている。

学生たちが自信をもてるように、具体的にはまず、ボランティアの仕事をする。卒業生を招いて、仕事での苦労話をしてもらったこともある。1対1でいろいろ話をして本人の才能や能力を探し出したりもする。また、学生の能力を低く見ず、これくらいできるのだと上に上に見ることも大事だ。

学生がプログラムに参加するときは、まず、それまでの学校生活や職歴、家族の様子などについて話を聞く。大学に来ての目標、仕事や人生の目標を確認し、大学のクラスへの登録の手伝いをする。授業についていくのに、ノートを取るためにどういう補助をしたらいいかなど、いろいろな補助プログラムについて知らせる。 障害があると

いってもかなり幅が広く、知的障害あるいは学習障害、自閉症なども含む。そういう学生たちにはさらに追加のサポートをしている。たとえば、友達や先生との対人関係などの問題をクリアするためのサポート、授業についていけなくてストレスを溜め「もうやめたい」となったケースへのサポートだ。こういう場合は原因を見極めてから、なるべくうまくいくようサポートする。

障害のある人はコミュニティのなかでサービスを受けることができる。コミュニティからどのようなサポートを受けることができて、どのように活用すればいいかを理解できるようなサポートもしている。

ほかのプログラム、たとえばワークアビリティや職業訓練や仕事に就くための補助プログラムもあるので、それらの紹介をする。たとえば1人でアパートに入って生活したいという学生には、その手順を支援するサービスがあるので、そこを紹介している。

このプログラムが終わって卒業するときには、このプログラムからほかのプログラムへの移行のためのサポートをする。学生たちは大学がすごく好きになって、「大学を離れるのがいやだ」といってくる。けれども卒業して次の段階に行く重要性を理解させ、次につなぐことが重要になる。

●学内でのカウンセリング

学生のいろいろな側面で、私が気に入っていることがある。このプログラムの学生は、一般の学生よりも非常にすぐれたところがたくさんある。毎日休まないで来て、遅刻や早退なしに一生懸命授業を受け、授業ではどんどん積極的に発言するし、授業を受けられるというだけで幸せを感じている。

プログラムを成功させるために、相談役のカウンセラーがいて、学生と同じ立場に立ってサポートする。私はこのプログラムの部長という立場があるから、日々の運営や成績のことなどいろいろしている。学生がケンカをしたり授業についていけなかったりしたときなどに、相談していい助言や方向性を示してくれる人の存在は不可欠だ。

カウンセラーになるためには、専門の領域で修士号をもっている必要がある。リハビリテーション、カウンセリング、心理学などだ。それと障害に関する現場で2〜3 年の経験をしなければならない。自分のコアの科目で修士号をもっていない場合は、同様の研修や授業を何十時間も受けていることが条件となる。

相談はいろいろだ。一番多いのは、仕事や学校の授業での自分の目標についてだ。ほかにも友人とケンカをしたとか仲が悪いとか、あるいは家族の問題だとか、ほかの学生や先生との間に問題がある、などがある。

たまに、学校をこういうふうに変えたいとか、こういうプログラムがあればいいとか、自分が考えたけれども次に何をすればいいか分からないとか……。あるいはコミュニティのほかの部門から「サービスを受ける資格がない」と拒否された場合に相談に来るとか、何かで恥をかかされて恥ずかしい思いをしたがどう対処したらいいのか、というものもある。

この大学や地域には学生の生活規範のルールがあって、「こういうことをすることを期待する」とか「こういう行動をとってはいけない」といわれる。たとえば、ほかの学生に暴言を吐いてはいけない、などだ。

ほかの学生に暴力をふるったり、インターネットで見てはいけないサイトを見てしまったりした場合、またはそういうことをされた場合、その行動を修正して今後再発しないよう、なぜそれをしてはいけないのか、決まりはどうなっているかを照らし合わせて、次にはどういう行動をとるのか、互いに契約書のようなものをつくってサインする。これを守らない場合は、次のステップとして罰則や、最悪の場合は放校などもある。そういうことを理解できるようにしていく。

通常、そうした校則違反をした学生はこれらの指導ですぐに直すが、場合によっては何度も繰り返したりする。そうすると短期間あるいは長期間の停学になるケースもある。

私は家族ともよく話をする。家族が一番気にするのは、カウンセラーが学生とばかり話していて家族の相談にあまり乗ってくれないということだ。けれども通常は、親がそこに居ないほうがいい。はじめに学生から話を聞いて、学生が自分の言葉と考えで何が起こっているかを説明した上で親の話を聞いたほうが、親がいっしょにいるよりはるかにきちんとしたことが聞ける。聞いたことに学生が答えられない場合に親に聞く。

そして学生には、「次にこういうことが起こらないためにどうしたらいいか、覚えている?」と問いかける。というのは、このプログラム自身が、学生が全員自立、独立して、ほかの人に面倒をかけないで生活できるという目的を根底にもっているからだ。

カウンセリングのミーティングをするときは、よりよく理解できるよう、利用できるすべての手段を用いる。絵や写真がいるときはインターネットで検索して示し、イメージしやすくすると理解できる。その他、コミュニケーションボードを使ったり、自分で絵を描いたりすることもある。

以前、発語がなくて車いすを利用している障害者のカウンセリングをする機会があった。

大きなショッピングセンターに行ったとき、その人が車いすで自分の後をついて来た。面識はなかったのに、ショッピングセンターの隅から隅までずっとついて来たのだ。後ろを向いて「ハロー」といった。それでそこに座って1 時間くらい、ボードを使ってコミュニケートした。そこで、自分が働いているエージェンシーからサービスを受けている人だと分かった。20 年前の話だ。

その人とは長年会っていなかったが8 年前、そこから15 キロくらい離れたところにある私の前のオフィスにやって来た。十何年ぶりに会った彼は、学校に行きたいから助けてほしいと、ボードを使って一生懸命話した。

また、学生は身振り手振りや絵でコミュニケートしていた。探せば道は見つかるものだ。我々ではなく、学生たちが何とかして探してくる場合がある。

恋愛関係にある学生たちも多い。関係構築についての授業もある。実際に結婚する学生もいる。親からある程度のサポートも受け、いっしょに住んでいる。

●重度の障害者を受け入れる理由

重度のクラスの学生たちも一般就労をめざしている。重度の障害者を受け入れることにしたのは、このプログラムについて理事会の理解が深く、大学レベルの授業へのこだわりだとかあるいは障害が軽度な人たちだけに門戸を開くのではなく、希望者全員を受け入れようとする態度を取っているからだ。

重度の障害がある学生たちに化学などの授業は理解できないけれども、大学のキャンパスに来てここで学ぶことが本人にとって、また地域社会にとっても非常にいいことだ。学ぶことは単に難しい授業を受けることだけではなく、生活の支援になるような料理やコンピューターの使い方など、そういうことを少しでも学んで社会の一員となることも意味する。

●学生たちの生活

学生たちの生活は、学生センターに行ってほかの学生と友達になったり、大学にあるシアターに行ったり、エクササイズやヨガの授業を受けたり、あるいは学内のサークルやバスケットボールなどのチームに参加したりしている。

学内に、障害がある人をサポートするグループがある。そのグループがいろいろとイベントを考えたり、週末の活動の計画を立てたりしている。

その他、自分で交通機関を使って移動するプログラムがあり、市バスの乗り方などを身につけ、ディズニーランドに行こうとか、ショッピングセンターに行くのに何番のバスに乗ってどこで落ち合って何かをしようなど、活動範囲の広がりもある。

やはり障害のある人は孤立しがちだから、私たちとしては、プログラムに参加している間にできるだけ同じクラスでもあるいはキャンパスでも、ほかの学生たちと友達になることを推奨している。するとプログラムが修了して就職しても、その友人関係がつながっている。友達ができない学生には友達ができるよう支援をしている。人間関係や性的なことについても教えている。

一般の学生からも、障害のある学生がキャンパスにいることでキャンパスライフが豊かになり、自分たちのためになっているという言葉が聞かれる。実際に学生たちは、障害のある学生のために手伝いたいからここでボランティアしたいと申し出て来る人が後を絶たない。

その理由はいくつもあるが、1つは、純粋に障害を障害と思わないで一生懸命にがんばっている姿から学ぶことが多い。それと純粋だから、その人たちがいるだけでハッピーになる、みんなニコニコしているからだ。

この大学の学長も、これまで障害のある学生たちを受け入れることに力を入れてきたが、その気持ちをさらに強くしたのは、肩のけがをして手術を受けたときだった。肩がまったく回らず、普段できることができずに落ち込んでいた。そんなとき、障害のある学生たちがニコニコ笑いながら通るのを見て、「何で私は一時的に肩が使えないくらいで落ち込んでいるのだ。自分よりずっと大変なのに、彼らはあんなにハッピーじゃないか」と元気をもらった。ほかの学生たちも同じ気持ちになるようだ。

それはキャンパスの学生だけではない。たとえば、キャンパス内のいろいろな部署にジョブシャドーというプログラム(職業教育の1つで、企業等で働く従業員に密着し、職場での仕事について観察するプログラム)で、障害のある学生が週1回、ちょっとした手伝いをしながら1〜2時間見学する。初めは障害のある学生たちが来てもお荷物になるだけだと思って見ていた人たちも、実際に来てみると1人の人間として性格もいいと気に入って、友達や仲間になることもある。次の年にシャドーイングをするときは「ぜひ今年もうちに来てください」ということになる。